東日本大震災から5年を迎える東京電力福島第1原発。廃炉に向けた作業が続き日没後、敷地がライトで照らされていた。周辺の町は避難区域に指定されたままで暗闇が広がる=2016年3月10日午後6時6分(共同通信社機から撮影)【拡大】
自宅のある福島県川内村から、約40キロ離れた福島県郡山市の仮設住宅で生活する秋元トキ子さん(84)。原発事故後、栃木県内の長女宅へいったん避難したが、3カ月ほどで福島に戻った。
川内村では2014年10月に避難指示区域の指定が一部解除された。だが生活環境に不安があり、いまだ約1000人が避難している。秋元さんは村で夫と2人でコメや野菜を作っていたが、夫は避難生活で体調を崩し、事故の翌年に亡くなった。
福島県によると、避難者は12年6月の16万4218人がピーク。避難指示が出された区域のうち指示が解除されたのはまだ2割弱で、全国各地に避難者が散らばっている。
県が避難者に昨年実施したアンケートでは、「放射線の影響」や「生活資金」に不安があるなどとして仮設住宅への入居延長を望む声が多かった。懸念されるのは、家族の心身の健康に問題のある避難世帯が全体の6割を超えたことだ。
福島県外への避難者も、帰還する見通しが立たず移住を検討する人が出てきた。
「自分の生まれ育った場所と縁を切ることはできない。ただ、今後の町との関わり方を考えなくてはいけない時期に来ている」