この数か月、万博会場内の各国パビリオンや市内のさまざまなイベントを見学していて痛感することがある。イタリアでイベントを行うならモデレーターはイタリア語を母国語として話す人に限る、ということだ。
先日も中東のパビリオンで中東の方のイタリア語の説明を聞いたが、周囲のイタリア人の関心を引き続けるのは至難の業であるのが明白だった。そうとうに上手いイタリア語である。
普段、生活やビジネスの議論ではまったく差支えないレベルだが、多数の人間の前で話すと厳しい。イタリア語の癖の問題だけではなく、関心をもてばいいかどうか分からないテーマに注意をひかせ、極端な表現をすれば、無気力な人間でさえ聴く気にさせるには、聴衆の関心の引き方に技がないといけないのだ。
それには聴衆の耳に自然に言葉が入る話し方ができ、聴衆の関心のありようがおよそ頭のなかにマッピングされていないといけない。
何らかのテーマが決まっていて、その内容について個人的な考えを示すプレゼンテーションであるならば話は違う。通訳を挟むことなく、自分の言葉で表現したほうが良い。あるいは本人が有名であり、その実力に周囲が多大なる興味がある場合も言葉のレベルは問われない。サッカーの選手やアーティストのインタビューに人は耳を傾ける。
しかし、そうでない場合、外国人のイタリア語は聞く人にストレスを生む。