
インタビューに答えるマック赤坂氏(松本健吾撮影)【拡大】
--就職は伊藤忠商事でしたよね
「うん。でもNHKと講談社、電通も受けようと思って調べたんだ」
--なんだかミーハーですね(笑)
「NHKは英語力に難があった。講談社はせこくてさ、東京に来ても交通費は出さないっていうんだ。電通は大阪市の中之島で試験をやるっていうんで、いいなと思ったんだけど、何と前日に締め切られていた」
「結局、非財閥系の伊藤忠商事を受けることにした。面接で、担当の常務だったかな。『アフリカでも行けるか』と聞かれて『はい』と即答したんだ。それが良かったみたいだな。ほとんどの学生は口ごもったらしいから」
--最初はつらかったようですが
「最初はテレックスを作ったり、デリバリーって言ってね、いわゆるロジスティックだよ。乙仲(通関代行業者)に物品を渡すという。親に辞めたいと言ったら『3年はやりなさい』と止められて…。体をこわして大阪に行って、そこで7年。やっと東京へ行ったと思ったら、伊藤忠肥料農材販売(その後、伊藤忠アグリシステムに名称変更、今はシーアイマテックス)っていう子会社に行くことになった。そこで農家を回って肥料を売る仕事をした。茨城や神奈川にカタログを持って歩くんだけどね、僕は農家のおじいさんやおばあさんと縁側で話をするのが好きでね、『どんな境遇でもベストを尽くす』というのがモットーだからね、成績はいつもトップだったよ」