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グリコ「社歌」74年ぶりアレンジ 歴史を刻んだ勇ましいメロディー
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昭和初期の江崎グリコ大阪工場。昭和20年には空襲で全焼した(江崎グリコ提供) 入社式や仕事始めなど、節目に行われる社内行事で「社歌斉唱」を必須としているのが江崎グリコ。同社の社歌は昭和14年制作というビンテージもの。毎朝の始業時間に本社の館内放送で流され、社員にはすっかりおなじみだが、今年は社外で初のアレンジコンテストを実施してリフレッシュするという。聴いてみるとこの社歌、なかなかの“年代物”だった。
大阪市西淀川区の江崎グリコ本社。平日の朝8時40分になると、館内放送でNHKのラジオ体操が流れ始め、社員らが仕事前のひととき、身体を動かす。体操が終わると流れ出すのは「社歌」。これが「仕事始め」の合図だ。
「ごく普通だと思っています」と、社史資料室の植木英男主管。社歌が流れる場面はほかに、新年の仕事始めに先立って行われる「年頭式」や、創立記念日、入社式など、会社内部の主要式典。壇上には社旗が掲げられ、式典は社歌斉唱で始まる。
新入社員は入社式に備えて、社歌の練習も。社歴を重ねるうちに、自然と「社員の大半にはメロディーと歌詞が頭に染みついている」のだという。
そんな社歌は一体、どんなものだろう。聴かせてもらうと、「♪ああ曙の東海に 紫(く)雲(も)輝きて旭(ひ)は出でぬ」…と、行進曲っぽいメロディーに、時代背景を感じさせる歌詞。サビは「今ぞ希望の旗高く」「征(ゆ)くか理想の我がグリコ」と、実に勇ましい。
社歌の作詞・作曲を手掛けたのは、社員の神代忠勝さん。グリコが運営していた「グリコ青年学校」の専任教師兼寄宿舎監督で、入社した昭和13年当時の社内報「グリコ新聞」では、「テニス良し、ピンポン良し、碁良し、音楽は殆(ほとん)ど天才といわれる八方万能の士」と紹介されている。
入社後すぐに作った「社長の誕生を祝う歌」が好評で、創業者の江崎利一社長(当時、佐賀県出身)が直々に制作者に指名。注文は「勇ましいのがよか。堂々として、グリコの意気を示すものを」で、当時珍しかった出張も特別に許可。神代さんは伊勢神宮に詣でて2、3泊し、「イメージを膨らませて大阪に戻った」という。
この勇ましさはなぜだろう。「当時は戦前の売り上げ最高期で、後発の菓子メーカーとしては『追いつけ、追い越せ』ムードだった時代です。そんな勢いを盛り上げようとしたのでは」と、植木さんは推察する。
6年後の昭和20年には空襲で大阪・東京工場が全焼したが、仮工場を経て再建。苦境の中で奮い立つ社員たちの胸には、勇ましいメロディーがこだましていたのかもしれない。
とはいえ時代は流れ、今年は「社員がともに歌ってひとつに、前向きになれるような明るくて元気なイメージ」に、と初めてアレンジ(編曲)を社外公募する。コンテストの対象は音楽系大学の学生で、9月30日で応募を締め切り、審査のうえ決定する。
それでもアレンジできるのはイントロと間奏、エンディング部分のみで「本体は変えない」。さて、新時代のグリコ社歌は一体、どんな曲になるのだろうか。
(木村さやか)