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「水中で会話」山形カシオの挑戦 国内製造拠点を守るアイデア探し
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山形カシオが発売した水中通話ができるトランシーバー「ロゴシーズ」 カシオ計算機の子会社、山形カシオ(山形県東根市)が発売した、水中で会話できるトランシーバー(無線機)「ロゴシーズ」。従来なかったコンパクトさと手ごろな価格からスキューバダイビング愛好家のほか、海や川で救難活動にあたるレスキュー隊員らの支持も集めている。画期的な製品を生み出すきっかけは、国内製造拠点を守ろうと新事業開拓に携わった社員の生活体験だった。
製品開発の話が持ち上がったのは平成21年5月。基板に電子部品を搭載する産業用機器の販売が低迷し、6月に事業撤退することが決まっていた。
事業に携わる社員は約50人。「このままでは仕事がなくなる。何か新しい事業を始めなくては」。エンジニアの鈴木隆司氏(現山形カシオマリンシステム課課長)は上司の鈴木康平常務とアイデア探しにとりかかった。
山形カシオはカシオ計算機の国内唯一の製造拠点だ。高価格帯の腕時計などを生産し、「マザー工場」の役割を担う。同時に他社からの受託生産なども手がける。従来型携帯電話が好調なころは部品生産で人手が足りないほどだったが、海外製のスマートフォン(高機能携帯電話)が普及する中、稼働率は落ちていた。
鈴木氏は当初、成長分野のエネルギーや介護関連を検討した。ただ、展示会を訪れるたび、「大企業ばかりで戦うのは難しい」と実感した。
そんな最中、9歳の長女がスキューバダイビングをやりたいと言い出した。テキストは小学生には難しい内容だったが、親子で猛勉強してライセンスを取得した。
初めて2人で潜ったとき、鈴木氏は、「お父さんありがとう」という娘の言葉を期待していた。だが、水中マスクをしてレギュレーター(呼吸器)をくわえたままでは声を伝えることができない。
鈴木氏は「水中で簡単に話すことができる商品を作りたい」と決意した。
水中でテレビ番組のリポーターが使うようなマイク付きの特製マスクは数十万円と高額。低価格で商品化できれば、ライバル企業は少なく、商機となる。磯崎雅樹社長の正式なゴーサインも出て、機械設計に詳しい平信介氏もメンバーに加わった。
世の中にない製品だけに開発は手探り。鈴木氏と平氏は連日、隣町の天童市のダイビングプールを訪れ、市販のマイクをいくつも水中で試した。だが、マイクに水圧がかかって、空気の振動をうまく拾えない。そんな中で着目したのが、騒音の激しい工事現場で使われる骨伝導マイクだ。骨から声の振動を拾うもので、「水中でも音が聞こえ、ようやくメドがついた」(鈴木氏)。
スピーカーも骨伝導式を採用したが、頭部のどの場所に近付けると音が聞こえやすいかなど、試行錯誤を重ねた。形状もマイクとスピーカーを一体化した設計にして、水中マスクのストラップに装着できるようにした。
ダイビング中に呼吸音などのノイズが入り、音声が聞き取りにくいという課題もあった。だが、音声認識に詳しい山形大大学院の小坂哲夫教授の協力を得て、聞き取りやすい音声へのデジタル処理を施した。
開発スタートから3年後の24年夏、量産化に向けた試作機が完成。25年1月に発売した。「ロゴシーズ」の商品名は、聖書の「はじめに言葉(ロゴス)ありき」から名付けた。
ただ、新たなハードルがあった。山形カシオは法人ビジネスが中心で、消費者向け製品の営業を手がけたことがない。販売担当の佐藤健氏は「販路の開拓や商品プロモーションも初めて。すべてゼロからだった」と打ち明ける。
ダイビングショップからは「水中で話す必要があるのか」という反応もあった。そこで、水中で見つけた生物を一緒に潜っている仲間に教えるなど、ロゴシーズの使い方の提案に取り組んだ。
手応えもあった。「水難救助を行う消防や警察の方からはすごく評価が高かった」(佐藤氏)。そこで11月、消防・警察向けに通話可能距離を伸ばしたレスキュー仕様モデルを発売。12月7日には、価格を抑えた2台セットの普及モデルを投入する。
世界のダイバー人口は約2000万人、国内には約150万人の市場があり、「水中で会話を楽しむ」という新製品への期待は大きい。鈴木氏は「工夫しないと、社員約800人が食べていけない」と気を引き締める。山形カシオのものづくりの挑戦は始まったばかりだ。
(田村龍彦)