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【軍事情勢】トルコを「あっち側」に行かせて良いのか

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【軍事情勢】トルコを「あっち側」に行かせて良いのか

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 NATO(北大西洋条約機構)加盟国トルコ=土耳古が、中国系防空システム導入に舵を切る。トルコは、イランが欧州を狙い(核)ミサイルを発射する危機に備え、NATOが進めるミサイル防衛網(MD)の拠点の一つ。土中連携は「???」のようで、小欄には少なからず質問が寄せられた。しかし両国は、安全保障関係を過去30年近く着々と築いてきた。トルコをこれ以上“あっち側”に行かせてはなるまい。NATOはMDシステムに「異物」を連接する愚は犯さぬだろうが、裏庭に手を突っ込まれた以上、その希薄な対中警戒心を改める転機とするべきだ。

 30年近い中国との連携

 土国防省は9月、中国から長距離地対空ミサイル・システム紅旗(HQ)9の輸出型FD-2000を導入する方針を発表した。システムは航空機に加え、限定的ながら弾道ミサイルの迎撃能力を有する。

 地対空ミサイル・パトリオット(PAC)3の発射システムを手掛ける米レイセオン/ロッキード・マーチン両社をはじめ欧州やイスラエル、ロシアの企業も2009年以来参戦したが、中国精密機械輸出入総公司(CPMIEC)が落札した。

 関係者の間では「中露とNATOのシステム間には互換性がない。落札しても、NATOは作戦指揮中枢へのアクセスを絶対に許可しない。独立したシステムに止まり、効果的運用は望めない」との観測が強かった。従って「中露に入札を許したのは、欧米を価格低下に導くため」と捉えられていた。

 ところが1996年、既に中国はトルコに技術供与、短距離弾道ミサイルを共同開発している。軍交流も盛んで、土軍は1985年以降、二十数回数百人の訪中団を派遣。中国もそれに近い代表団を訪土させており、土陸軍特殊作戦部隊の研修にまで参加した。99年には土陸軍副参謀総長が訪中し《軍事演習・協力協議》に、2000年には初の《安全保障協力協議》に、それぞれ署名する。斯(か)くして土空軍は09年、中国軍人に演習全貌を観戦させ、翌年には中国とNATO加盟国初の空中共同演習が実現する。その際、中国軍機はパキスタン上空を通過、イランで燃料補給しトルコ入りしている。陸軍同士もこの年、共同演習を始めた。

 さて落札の背景だが、低価格の他に、入札企業の多くが「情報拡散」を懸念し、土国内での生産を拒んだ点が指摘できる。トルコとしては、技術育成にも雇用にも貢献しない。

 ウイグル問題で首相豹変

 それ以外にも訳がある。アルメニア人やクルド人の弾圧で過去、欧米は非難を繰り返し、その度に対土兵器輸出を制限/中止した。実際、米国製多連装ロケットシステムのライセンス国産は1988年、一旦合意に至ったが、技術移転への警戒感に加え人権問題も障害となり禁輸が決まる。その後の97年、技術・資金面で魅力的条件を示した中国と国産契約が妥結した。制裁の度に兵器・部品供給が滞れば、トルコは自国の安全が保障できない。FD-2000の対土供与も、情報開示を伴う国産契約を餌に、トルコの足下を見透かした中国の常套(じょうとう)商法だった。

 性能で中国より、価格で西側より勝るロシアの支援による国内生産はというと、こちらもまた限界を伴う。オスマン帝国時代の1568~1918年まで12回にわたり戦争を繰り返しており、依然、仮想敵国なのだ。

 トルコは兵器以外の輸入も増やし続け、中国は輸入先3位。一方、中国は土国内の鉄道整備に2010年、3兆円の貸し付けを表明し、ユーラシア大陸を横断するシルクロードを、鉄道に替える構想まで描く。中国の狙いは、海上封鎖されてもエネルギー資源を運搬できるバイパスに使える点や、中央アジアへの影響力強化にある。中国側起点は新疆(しんきょう)ウイグル自治区(東トルキスタン)が有力候補だが、トルコの姿勢には唖然(あぜん)とさせられる。

 レジェプ・タイップ・エルドアン土首相(59)は最近まで、自治区で起こる中国共産党のウイグル人弾圧を「集団虐殺」と非難していた。ウイグル人はテュルク諸語を話す同胞で、歴史的にも関係が深い。1949年に本格化した中共の弾圧以来、今もトルコに逃れるウイグル人は多く10万人が居住。約20の東トルキスタン独立運動組織も本部を移したとみられる。

 苛(いら)立ったのが副主席時代の習近平国家主席(60)。2012年の訪土で「独立運動は中国の安全・安定に関係し、核心的利益に結び付く。土国内での活動阻止を望む」とクギを刺した。これに応じ「領内での中国主権・領土破壊の動きに反対する」と繰り返し言及する、首相の豹変(ひょうへん)ぶりは見苦しかった。土軍・諜報組織は独立運動家の動向を監視。対中情報提供はもとより、土潜入諜者が独立運動組織で組織分裂工作に従事している、ともいわれる。

 不利益自覚に日本の出番

 トルコは戦略上の要衝で、兵員60万人前後はNATO加盟国中、米軍に次ぐ。キリスト教国が占めるNATOにおいては目立った回教国ながら「欧州の一員」との自覚もある。だのに「なぜ国内生産が許されぬのか」と、疎外感に悩んできた。そこに、トルコが化学兵器行使や核開発を懸念する非友好的隣国シリアの内戦が加わる。内戦介入に欧米は及び腰で、疎外感は次第に相互不信へと悪化している。その分、中国傾斜は加速する。朝鮮戦争(1950~53年)で欧米側に付き、中国人民義勇軍などと激突。派遣将兵5000の内、戦死・行方不明896人と2727人の負傷・戦病者/捕虜を出した過去は戦史に過ぎなくなった。

 ところで、FD-2000を供与したCPMIECは2月、イラン/北朝鮮/シリアへのミサイル技術拡散に関与し制裁対象となった。FD-2000には日本製部品が組み込まれてもいた。大問題ではあるが、中国技術の限界を物語る。そもそも、中国による開発は困難の連続で途中、露防空システムを輸入し発射技術を学んだ。しかも、トルコは欧米製だけでなく、日本製兵器取得を熱望している。

 日本は先進7カ国の内、唯一の有色人国家で非キリスト教国。信用ならぬ中国に誼を通ずる不利益を、屈指の親日国トルコに自覚してもらう、日本流の細やかな外交が求められる。繰り返す。トルコを“あっち側”に行かせてはならない。(政治部専門委員 野口裕之/SANKEI EXPRESS

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