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【上原浩治のメジャーリーグ漂流記】子供たちに笑顔を プロ野球選手の使命
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福島県南相馬市 野球の力、スポーツの力…。白球を追う子供たちの笑顔は、世界中のどこでも変わらない。
昨年(2013年)12月14日。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で被災した福島県南相馬市で、野球教室を開催した。近隣自治体を含む小中学生約400人が集まってくれた。被災地での野球教室は、前年に続いて2回目。帰国後のスケジュールで、最優先で予定に入れたのが、この日の訪問だった。
実際に足を運んで、東日本大震災の被害の爪痕の深さを改めて肌で感じた。家を再建することもできず、何もできないままの土地がたくさんあった。みんながバラバラになって生活し、今回の野球教室で久々に友達と再開できた子供たちもいたそうだ。
南相馬市では震災前に16の少年野球チームが活動していたが、現在は3チームだけ。来年はさらに1チーム減るということが、新聞の記事に掲載されていた。
未曽有の大震災。甚大な被害の中で、自分にできることは、ささいなことだとわかっている。「この一日だけでも、子供たちに一緒に野球をする喜びを分かち合ってほしい」。そんな思いが強かった。
昨季のシーズン中には、本拠地のボストンで連続爆破テロが起き、犠牲者が出た。
自然災害とは違うが、市民が味わった悲しさは変わらない。あのとき痛感したことがある。プロ野球選手である自分たちには、野球しかできないということだ。
発生日が遠征に向かう直前だったため、ボストンに戻った翌日の午前中にチームで集合して病院へ向かい、被害者を慰問した。その日は試合もあった。球団の行動の早さに感心した。それでも、自分たちができるのはここまでだ。
どれだけ、テロ行為が許せなくても、容疑者を逮捕できる術なんか持ち合わせていない。捜査も警察というプロがいる。
プロにはプロの仕事がある。プロ野球選手として、グラウンドでプレーすることで、けがをした人たちや落ち込んだ人たちの励みになればいいと、自分を納得させてマウンドへ上がった。
ワールドシリーズ制覇の後のボストンでの優勝パレード。「コージ!」コールが心地よかった。ボストンの市民が両手を合わせて日本流のお辞儀でたたえてくれるのがバスの上から見えた。ボストンには、レッドソックスだけでなく、アメリカンフットボールもバスケットボールもアイスホッケーのチームもある。「その中の1つでも優勝できれば、少しは市民を元気にできるんじゃないか」。そんな思いが結実した優勝でもあった。だからこそ、パレードの瞬間、すごくうれしい気持ちがこみ上げてきた。
今年は東北に本拠地を置く楽天が初の日本一になった。ボストンの市民と同じように、被災地の人たちにも笑顔をもたらしただろう。選手と観客が一体となることで、プレーする選手の力になり、選手が頑張ることでファンの力になる。それがスポーツの力だと思う。
野球教室で見ることができた子供たちの笑顔。これだけは言っておきたい。励ましにいくだけじゃない。自分自身も、子供たちからすごく大きな元気をもらった。
今回の訪問をメディアに紹介してもらったことには少なからず感謝している。日本のスポーツ界でも、球団単位や個人単位で活動の輪がさらに広がっていってほしいと心から願う。震災から時間がたち、人々の関心が薄れ始めている時期からだこそ、こうした活動をもっと広めるためにも、報道機会も増やしてほしい。
シーズンオフ恒例の選手の契約更改に大きく割かれた新聞に目を通すたびに強く思う。
私自身は関西で生まれ育ち、巨人でプレーし、メジャーへ渡った。東北には縁がない。それでも、現役である以上は毎年オフに足を運び続けるつもりだ。引退してからも、何らかの形で活動を続けたい。その中で、1人でも多くの子供たちが少しでも笑顔でいられる時間をつくることができればいい。
グラウンドの外でやるべきプロ野球選手の使命だと思っている。(レッドソックス投手 上原浩治/SANKEI EXPRESS)