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科学
【東日本大震災3年】「地震予知を諦めてはいけない」 見えぬ頂へ 学者ら「敗北」から再出発
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東日本大震災の余震の推移(2011年3月~2014年1月)、※Mはマグニチュード。気象庁の資料を基に作成 東日本大震災の巨大地震を予測できなかった日本の地震学。「敗北」を認め、身の丈に合った姿を社会に伝えようと、もがいてきた。減災に役立つ研究が求められる中で、地震学者は再起への道を歩み始めている。
「名称は変更しない」。想定外だった大震災の反省に立ち、名称の見直しを検討していた地震予知連絡会は2月中旬、予知の看板を下ろさないことを決めた。
マグニチュード(M)9の巨大地震は日本では起きないというのが地震学者の常識だった。東北の太平洋沖に巨大なエネルギーが潜んでいたことを誰も見抜けず、未曽有の津波被害に言葉を失った。
地殻変動のデータ分析では、東海地震の予知の根拠である「前兆滑り」という現象を検出できなかった。長期的な発生予測に失敗し、直前予知も困難という「完敗」だった。
国は昨年(2013年)5月、東海地震を含む南海トラフの地震について、予知は困難とする報告書を公表。来年度から5年間の地震研究計画の名称でも、1965(昭和40)年から続いていた「予知」の文字が消えた。できないことを、ありのままに伝える“等身大”の姿勢が強まった。
しかし、地震学者らで構成する予知連は、別の道を選んだ。「予知に挑む姿勢まで放棄するわけにはいかない」との思いからだ。会長の平原和朗(かずろう)京都大教授(61)は「予知を諦めてはいけない」と強調する。
学術的な情報交換に終始し、「学者のサロン」と揶揄(やゆ)されることもある予知連。存在意義を問う声が内部から噴出した。「活動内容を変更すべきだ」「このまま何もしないのか」。議論の末、地殻変動の監視により地震を予測する実験を試行することを決めた。
「地震学の敗北」。大震災でこう自己批判したのは東北大の松沢暢(とおる)教授(55)だ。本震の2日前、三陸沖でM7.3の前震が起きたとき「強い地震の危険性は薄れた」との談話が地元紙に載った。被災地の学者として、胸の潰れる思いを今も抱えている。
次代を担う若手は、崩壊した地震学をどう立て直そうとしているのか。
東大地震研究所の加藤愛太郎准教授(39)は、松沢教授が見誤った前震活動を徹底的に調べ、巨大地震の直前に「ゆっくり滑り」と呼ばれる現象が起きていたことを突き止めた。
南海トラフ地震を長期的に予測する手段として、国が期待する現象だ。加藤氏は「地震の性質に関する知識を着実に積み上げ、予測につなげたい」と語る。
上層大気の電離圏で地震直前に異常が発生するとして、「空からの予知」に挑むのは東京学芸大の鴨川仁(まさし)助教(42)。予測精度など課題は多いが、「いま生きている人々が利用できるように」と意気込む。
関東大震災後の1925(大正14)年に設立され、日本の地震学を主導してきた東大地震研究所。東京都文京区の施設内には、寺田寅彦による理念が掲げられている。
「永遠の使命は地震に関する科学的研究と災害の予防、軽減方策の探究である」。地震学は他の科学研究と違って、防災という重い十字架を常に背負う。
この3年間、多くの学者が巨大地震の研究に心血を注いできたが、その全容は解明されていない。予知や被害想定の在り方も、まだ議論の途上にある。
「次の地震も、われわれの想像を超えるに違いない。目指す山の頂上は雲に隠れて見えない。頂上など存在しないかもしれない。それでも登り続けるのが地震学の使命だ」
東大地震研の古村(ふるむら)孝志教授(50)は自戒を込めて、こう語った。(黒田悠希/SANKEI EXPRESS)
≪余震1万601回 なお警戒が必要≫
東日本大震災の余震は3月10日午後5時現在で震度1以上が1万601回に達した。次第に減少しているが、最近は減り方が緩やかになっている。巨大地震の影響は長く続くとみられ、今後も大きな余震への警戒が必要だ。気象庁によると、M5以上の余震はこの1年間で56回で、震源域周辺の地震活動は震災前の約3倍と依然活発だ。M7以上が起きる可能性は低下しているが、まれに大きな余震が発生する場合があり、最大M8級の可能性もゼロではない。震度5弱以上の揺れや津波に警戒する必要がある。
余震は沖合より沿岸部で比較的活発だが、この2年間で2回のM7級はいずれも沖合で発生し、津波が起きた。気象庁の青木元地震情報企画官は「活発な余震は、少なくともあと数年は続くだろう」と話している。(SANKEI EXPRESS)