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政治
足元見られる「真空斬り」対露外交
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それを必殺技とした赤胴鈴之助が聞いたら「拙者のとは違う!」と怒るかもしれない。外務省幹部の言葉を借りれば、ウクライナを軍靴で踏みにじろうとするロシアへの日本政府の外交方針を「真空斬り」と言うそうだ。鈴之助の真空斬りは、竜巻を起こして敵をやっつける必殺技だが、日本政府のは、日本刀を振りかざしても決して相手を傷つけないということらしい。
政府は4月29日、ウクライナ危機をめぐるロシアへの追加制裁としてロシア政府関係者ら計23人への日本入国査証(ビザ)発給を当分の間停止する措置を決めた。前日に制裁を発表した米欧に歩調を合わせたものだ。政府は3月17日にもロシアによるクリミア併合を受け、ビザ緩和協議の停止や3つの日露協定の締結交渉開始凍結の制裁を決定している。しかし、いずれも米欧に比べれば“二段落ち”の寛容ぶりで「形式的な制裁にすぎない」(外交筋)のが実情である。
先進7カ国(G7)の結束を乱すわけにはいかない。さりとて北方領土問題解決に向け対露外交を重視してきた安倍政権としては、ロシアと真剣でことを構えたくない。尖閣諸島(沖縄県石垣市)を「力ずく」で狙う中国の動きを踏まえれば、ロシアの横暴は到底容認できないが、制裁に反発したロシアが中国に接近する事態も阻止しなければならない-。安倍政権がロシアに配慮し、G7の共闘を“演出”する程度の「緩い制裁」にとどめている背景には、そんな事情が見え隠れする。
なにせ安倍晋三首相(59)はウラジーミル・プーチン大統領(61)との厚い「信頼関係」が自慢らしい。第1次政権で3回、第2次政権では発足1年4カ月余で5回も首脳会談を行っている。在任中の領土問題解決を掲げる首相には、プーチン氏がよほど「話せる相手」に映っているのだろう。4月下旬に予定されていた岸田文雄外相によるモスクワ訪問は延期されたが、ぎりぎりまで実現にこだわったのも首相だった。
とはいえ、首相はプーチン氏を買いかぶり過ぎではないか。プーチン氏を「オトモダチ」と思い込んでいた森喜朗(よしろう)元首相(76)同様に、プーチン氏の掌に乗せられていると思えてならないのだ。
プーチン氏が第1次政権の大統領に就任する直前の2000年4月、森氏はサンクトペテルブルクでプーチン氏と会談した直後の共同会見で、こう得意げに語った。
「以後、『ヨシ』『ワロージャ』(プーチン氏の愛称)とファースト・ネームで呼び合うことになった」
すると隣にいたプーチン氏がプイと横を向いて「何、戯言を言ってるんだ」と言わんばかりの表情で冷笑した。現場で取材にあたっていた筆者の目には、その光景が今でも焼き付いている。
うわべだけの「信頼関係」で領土問題が動くわけがない。プーチン氏は従来、平和条約締結後に北方4島のうち歯舞群島、色丹の2島を引き渡すとした日ソ共同宣言(1956年)の有効性を認める立場を示してきた。だが「2島どころか石ころ1個も渡さない」というのがプーチン氏の本音だろう。日本の各メディアは日頃、決まり文句の如く「プーチン氏は2島返還で決着の立場」と報じているが、筆者はくみしない。領土交渉に“前向き”の姿勢は日本から経済的実利を引き出すための方便であり、ポーズにすぎないとみている。
あまつさえクリミア併合で「領土」にことさら執着するプーチン氏は、馬脚を現した。安倍政権の「甘い対露外交」には成算がないのである。
スパイ出身の狡猾(こうかつ)なプーチン氏にとって、乳母(おんば)日傘育ちの安倍首相なんぞは、まさに「坊や」だろう。プーチン氏は舐(な)めている相手には絶対譲歩しない。ウクライナ問題でロシアに腰が引けた対応をとり続ければ足元を見られるだけだ。同盟国の米国と歩調をぴったり合わせてガツンとやる方が、領土問題を前進させる近道だと信じて疑わない。(高木桂一/SANKEI EXPRESS)