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米欧の価値観と決別 読めない行動

 ロシアは欧州なのか、それとも独自の発展経路をたどる存在なのか-。19世紀のロシア知識人層を「西欧主義」と「スラブ主義」に二分したこんな大論争があった。大まかに言って、ロシアの後進性を認識し、西欧文明の優れた面を取り込むべきだと考えたのが西欧派。ロシアは独特の存在で、西欧の個人主義や合理主義とは相いれないというのがスラブ派だった。

 蓄積した「被害感情」

 ウクライナ南部クリミア半島を併合し、東部をめぐっても米欧と真っ向から対峙(たいじ)するロシアのウラジーミル・プーチン政権は、さしずめ現代版の「スラブ主義」へと舵を切った感がある。

 1991年のソ連崩壊後、新生ロシアは旧西側諸国の価値観を曲がりなりにも受け入れようとし、米欧の主導する主要国クラブへの参画を目指してきた。90年代後半にはG7(先進7カ国)にロシアが迎えられ、G8(主要8カ国)となった。ロシアは2012年、18年間に及ぶ交渉を経て世界貿易機関(WTO)に加盟。今年2月には、南部ソチで悲願の冬季五輪を成功させたばかりだ。

 しかし、プーチン政権はこの流れに逆行してクリミア併合に踏み切り、米欧の制裁にもひるむ様子がない。「プーチン氏は今、東西冷戦の終結後に形成された秩序を本気で変えようとしている」と、有力な外交専門家は見ている。

 プーチン氏が1期目の大統領に就いたのは2000年5月。01年9月の米中枢同時テロ後は米国の「対テロ戦争」を支持し、ロシアが“裏庭”と考える中央アジアでの米軍駐留も容認した。だが、その後の米国は「一極世界」を謳歌(おうか)し、冷戦に敗れたロシアは攻め込まれる一方だった-との“被害感情”がプーチン氏には蓄積していった。

 米国は03年、ロシアなどの反対を押し切ってイラク攻撃に踏み切り、04年には北大西洋条約機構(NATO)が、旧ソ連バルト三国にまで東方へと拡大。08年には欧米諸国の多くは、ロシアが後ろ盾だったセルビアから独立を宣言したコソボを国家承認した。米国のミサイル防衛(MD)システムによって核戦力の米露均衡も崩れかけている。

 前出の専門家は「世界の主要問題についてはロシアの意見が傾聴されるべきだ。少なくともロシアには『拒否権』を持つ勢力圏が存在する」と、プーチン政権の発想を代弁する。その発想は、列強が世界を分割した20世紀前半までの帝国主義とほとんど変わるところがない。

 力による世界構築

 プーチン政権は歴史的に最も関係の深い隣国ウクライナで親欧米派が実権を握った2月の政変にも米欧が関与していると疑っており、それゆえに巻き返しに打って出た。

 通算3期目のプーチン政権は、12年5月の発足当初から米欧の「アンチ・テーゼ」を追求する姿勢を見せていた。国内では反政権派への締め付け強化や同性愛宣伝禁止法の制定で保守色を鮮明にし、対外的には旧ソ連諸国の経済統合による「ユーラシア連合」の結成を掲げた。

 さらにクリミア併合によって、それまで「国連無視」「国際法違反」などと米国を猛批判してきたことは棚に上げ、何より「力」を信奉して「ロシア世界」の構築に動く方針を明確にしたといえる。

 クリミアに続く焦点となっているウクライナ東部について、プーチン政権はウクライナに連邦制を導入させるといった形で影響力を保持しようと狙っている。東部の軍事的掌握にはクリミアよりも格段に大規模な兵力の投入が必要で、東部併合に動けば米欧の制裁もいっそう強まるのが確実だからだ。

 だが、米欧とロシアがうまく「着地点」を見いだせない場合、プーチン政権が東部に軍事介入する可能性は大いにある。欧米の価値観と決別したプーチン政権の動きは、予測するのが一層難しくなった。(モスクワ支局 遠藤良介(えんどう・りょうすけ)/SANKEI EXPRESS

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