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【円游庵の「道具」たち】語りかける器 丸若裕俊

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【円游庵の「道具」たち】語りかける器 丸若裕俊

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上出長右衛門窯の絵皿(大山実撮影)  華やかな絵柄に美しい色彩が目にも鮮やかな写真の品々は、日本で育った方なら誰もが一度は目にしたことがあるだろう。これらは、割烹(かっぽう)食器と呼ばれ、大陸より伝わり日本の食文化と出合って独自の発展を遂げたものである。

 割烹食器は、単に料理を盛り付けて客先に運ぶための道具ではない。美しく彩られた絵皿に盛り付けられた料理を前にすると、まずわれわれは、無意識のうちに視・聴・嗅覚から情報を得ようとする。このとき、絵皿に描かれた文様・色彩と料理は相互に反応し合い、一つの世界を生み出す。そして、盛り付けられた料理が絵皿のもとを離れ口に運ばれることにより、それまで外界のものとして堪能していた美しい世界が体内に広がり、われわれの身体と一つとなる。このように、割烹食器は、われわれを果てなき美食の世界にいざなう、いわばトリップのための道具でもあるのだ。このように考えれば、盛り付ける器が変われば料理の味わいが変わるというのも、至極当然のことである。

 結びつく思い

 写真の絵皿を作り出した上出長右衛門窯は、1879(明治12)年に現・石川県能美市寺井町で創業。以来135年にわたり、職人たちが一つ一つ手作業で器を作り続けている。

 彼らが手作りにこだわるのは、手作りの器には時代を超えて人の心を動かす大きな力があると考えるからだ。揺るぎない信条に基づいて作り出された器は、上絵付けの鮮烈さと染め付けの色の深み、そして丈夫で美しい生地という、素晴らしい特色を持ち合わせている。

 このご時世に手間暇を惜しまずものづくりを続けるのは、綺麗(きれい)事では済まされない大変な苦悩を伴う。しかし、それでも彼らは、卓越した技術の鍛錬だけに気持ちを奪われることなく、われわれ、すなわち使う側のことを第一に思うものづくりを続けている。こうした姿勢は、彼らの作り出す絵皿を初めとする割烹食器から感じ取ることができるだろう。私も愛用者のひとりであるが、数多くある磁器の中でも産地を超え時代を超えて、多くの人々に同窯の器が愛される理由は、器を通して知れる彼らの強い思いに心が共鳴するからではないだろうか。

 手間の価値

 上出長右衛門窯の作る絵皿のように鮮やかな美しさを備えた絵皿は、日常に心地よいトリップをもたらしてくれる素晴らしい道具である。

 ご理解いただきたいのは、これが成熟した日本料理の世界に限定されたことではないということだ。皆さんの中には、出来合いのご飯を買ってきて食べるのが精いっぱいというような忙しい日々を送っておられる方も多いと思うが、であれば尚更(なおさら)のこと、紙容器やプラスチックトレーから直接食べるのではなく、きちんとした絵皿に盛り付け直すことによって、どれほど充実した食事になるかを試していただきたい。そうすれば、器に盛り付けることは、単なる手間ではなく、日々を充実したものへと変化させる効果的な行為であるとご納得いただけるだろう。

 このような文化は、物資も寿命も情報も今よりもはるかに限られた時代において、日々の充実を貪欲に探求した先人たちからもたらされた贈り物であるように思われる。私自身、今日もまた、優しさの込められた器で美しい自然の恵みを食せることに、素直に喜びを感じる。皆さんにも、食事を楽しむ喜びと豊かな心をぜひ思い出していただけたらと思う。(企画プロデュース会社「丸若屋」代表 丸若裕俊/SANKEI EXPRESS

 ■まるわか・ひろとし 1979年東京都生まれ。企画プロデュース会社「丸若屋」(maru-waka.com)代表。九谷焼・上出長右衛門とスペインの著名デザイナー、ハイメ・アジョン氏がコラボレーションした磁器など、日本の高品質な技術をいかした現代的な製品をプロデュースする。ギャラリーNAKANIWAをパリのサンジェルマンに14日にグランドオープン。

 【ガイド】

 ■上出長右衛門窯(かみでちょうえもんがま) 1879年、石川県寺井村(現・石川県能美市寺井町)にて創業。以来135年、昔ながらの手仕事で日々の食器から茶陶まで一点一線丹精込めて先人の伝統を現代まで守り続けている。彩り鮮やかな上絵付けと深い発色の染め付け、丈夫で美しい生地が特長。

 6月10日(火)まで阪急うめだ本店 9階 アートステージ(大阪市北区角田町8の7 (電)代表06・6361・1381)にて展示会「九谷焼コネクション」を開催中。開場時間は午前10時~午後8時(金土~午後9時、最終日~午後6時)。

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