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【勿忘草】手紙
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まだこの世にEメールがなかったころ、私がはまっていた趣味の一つは「文通」だった。
今で言うところの“歴女”だった私は、歴史雑誌の「文通コーナー」に出ていた人と文通を始めたり、そのまた友人と知り合ったり。雑誌に本名や居住地、年齢などがそのまま掲載されていたのだから、今思えばおおらかな時代だった。今日こそは返事が届いていないか、学校から帰ると一番にポストをのぞくのが日課だった。
そんな文通友達の中でも、特に仲良くなった友人がいた。京都で1人暮らしをする大学生のお姉さん。京都といえば“歴女”の聖地だ。彼女の家に泊めてもらって史跡探訪を楽しむのが、高校時代の恒例行事となった。
その後、彼女は大学を卒業して就職し、転居。私も大学生になってアルバイトとバンド活動に精を出すうち、数年間は往復していた年賀状も途絶えた。手紙は転居先不明で帰ってくるようになり、携帯電話の番号もなくしてしまった。最後に届いた手紙には、彼女の報われない恋の話が書かれていたと記憶している。
連絡が途絶えて10年以上たつが、今も思い出してフェイスブックで彼女の名前を検索することがある。よくある名前ではないのに、いまだヒットしたことはない。共通の友人もいないから、名前検索だけしかすべがない。
彼女の恋は報われたのか。報われたとしたら、きっと名前は変わっているだろう。最後に住んでいたのは滋賀県だったが、今はどこにいるのだろう。私の名字も変わってしまったのだけれど、珍しい名前だから、もしかして気づいてくれないだろうか。
あの頃の私は生きるのが本当につらくて、学校と家だけしかない狭い世界で行き詰まっていた。家を離れて趣味に浸ることができる時間は貴重で、身内でも学友でもない存在に、どれだけ救われたか知れない。
今や年々ずぶとくなる一方だが、あのとき狭く苦しい世界から救い出してくれた彼女に、もしまた会えたら、たった一言、伝えたい言葉がある。
「ありがとう」
面と向かって言うのは恥ずかしいから、伝えるのは手紙がいい。(道丸摩耶/SANKEI EXPRESS)