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予想外のバカンス返上と初めての船出 長塚圭史

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予想外のバカンス返上と初めての船出 長塚圭史

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「三人吉三」松本好演当日の朝、恒例の松本城登城お練りにたくさんの人が集まる=長野県松本市(長塚圭史さん撮影)  【続・灰色の記憶覚書】

 昨年少々忙しくし過ぎてしまったので、今年は多少強引になってもたっぷり休んでやろうと目論み、上半期は殆ど予定を入れないつもりでいたのだけれど、あまりにも楽しそうなドラマへの出演依頼に簡単に飛びついて、わっせわっせと久々の俳優業に精を出している春の最中、どういうわけか演出助手をやらないかという話が舞い込んできた。

 演出助手のオファー

 演出は随分としてきたが演出助手をしたことはこれまで一度もない。何かの間違いなのかと思ったがこれがちっとも間違いでなく、コクーン歌舞伎「三人吉三」の演出助手をやらないかという本気のオファーだったのだ。

 コクーン歌舞伎は私にとって非常に大きい。

 まず私が初めて歌舞伎に触れたのはこのコクーン歌舞伎の第一弾「東海道四谷怪談」であったことが大きい。ややこしく遠くのものだと考えていた歌舞伎は、妖しさを孕(はら)むとてつもないエンターテインメントなのだと認識させてもらったのだから。そして「三人吉三」「夏祭浪花鑑」は文句なしに、十の指に入るほどの素晴らしい劇体験となっている。今は亡き中村勘三郎に痺(しび)れ、彼を取り囲む兄弟たち息子たち仲間たちに痺れ、串田和美の常識破りでいて核心を突くダイナミックな演出に痺れまくったこと。これはもうとてつもなく大きい。

 コクーン歌舞伎感慨

 そして6年前、勘三郎さんに頼まれ、鶴屋南北の傑作歌舞伎「桜姫東文章」を「桜姫~清玄阿闍梨改始於南米版(せいげんあじゃりあらためなおしなんべいばん)~」なる南米の何処(いずこ)の国を舞台にした幻想劇に書き換え、これは番外公演として上演された。残念ながらこの公演の本番中、私は英国におり、自作の公演にも関わらず観ることは叶わなかった。またあまりにも破天荒な設定と展開ゆえに現場で大変な混乱を招いたことも耳にしており、けれども私個人としてはこの戯曲を異様に気に入っていることなど色々とちぐはぐで、まだ消化不良なところが残っていることも大きい。いずれにしても勘三郎さんに頼まれた仕事だのに、現場にいられず、プロセスを共に出来なかったことが大きい。コクーン歌舞伎に関わった筈(はず)なのに、まだ関われていないような感覚なのだ。これは本当に大きい。

 引き続き「佐倉義民伝」や、勘三郎さんが体調を崩されてからの「天日坊」にも痺れ続けていた。そして勘三郎さんが亡くなった。ぽっかりとどうしようもないような気持ちになって、訃報を聞いて半日経ってからの慟哭(どうこく)。そのまま歌舞伎にも行かなくなってしまった。勘九郎さん七之助くん獅童さんたち次世代の「天日坊」に、あの漲(みなぎ)る新しいエネルギーにあれだけ感動したのにも関わらず、どうしても行けない。この足が遠のいてしまっていたことも大きい。

 飛び込んでみよう

 要するに、断る理由は一切なし。寧(むし)ろ半年近く休んでやろうとしていた成果はこのことにあったのではあるまいか。ちょっとした留学だと考えて、飛び込んでみよう。演出助手という立場で何が出来るかわからないけれど、串田さんも私に職業的な助手の仕事を求めることもないだろう。とにかく十八代目中村勘三郎亡き後、最初のコクーン歌舞伎、新しい船出なのだ。やれる限りのことをしよう。勿論盗めるだけのものは盗んでやろう。日本で一番面白いと思う芝居に飛び込めるのだ。そもそもこういう欲望を抱いていなくちゃあつまらない。助手をやるんですよと言うと周りが目を丸くするけれども、それも面白がりつつ、ともあれ串田さんの横にちょこんと腰掛ける。串田さんの頭の中は打ち合わせの段階からくるくるくるくる奇想天外なことを巡らせる。

 はるばる愉快なところへ来たもんだ、よくよく目玉を凝らしておこう。中村勘九郎、中村七之助、尾上松也の「三人吉三」稽古初日。最初の本読み。勘九郎演じる和尚吉三が飛び込んでお嬢吉三とお坊吉三の争い事を治めるところで熱くなる。心意気。血を繋(つな)ぐものの覚悟がずばりと見えた。

 さて、まだ新しく濃厚なこの記憶。とても一度で書き切れない。次回へ続く。(演出家 長塚圭史/SANKEI EXPRESS

 ■ながつか・けいし 1975年5月9日、東京生まれ。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を結成。ロンドン留学を経て、新プロジェクト「葛河思潮社」を立ち上げた。9月に葛河思潮社の第4回公演『背信』(ハロルド・ピンター作、喜志哲雄翻訳、長塚圭史演出)を上演。出演は松雪泰子、田中哲司、長塚圭史。

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