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反日の新手口 皇居で保管の石碑を標的に
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日本に対する戦争賠償を求める中国の民間団体は、日露戦争後に中国から日本に移され、皇居内で保管されている唐の時代の石碑「鴻臚井(こうろせい)の碑」の返還を求め始めた。8月上旬に、北京の日本大使館を通じて正式書簡を提出した。日中関係筋は「普通の財産返還を求める事案よりも、日本のイメージ低下を狙った新たな反日の動きの要素が強い」と警戒を強めている。
中国メディアの報道などによると、返還が求められている「鴻臚井の碑」は、横3メートル、高さ1.8メートル、重さは9.5トンの石碑で、碑文には、西暦713年、唐が渤海王を「渤海郡王」に冊封した記録などがある。渤海国内(現在の遼寧省旅順市)に建てられていたが、日露戦争で旅順を占領した日本軍が搬出し、戦利品として明治天皇に献上したという。
中国の民間団体「中国民間対日賠償請求連合会」は、この石碑は「日本軍が略奪した」と主張し、北京の日本大使館を通じて、日本政府と天皇陛下宛に返還を求める書簡を送ったことを発表した。日本大使館も送達されたことを確認した。
この件について、宮内庁は産経新聞社の取材に対し「石碑は日本の国有財産で公開していない」としたうえで、返還要求については「現時点でコメントできない」と話している。
日中関係筋によれば、戦争等を理由にある国の文化財が別の国に移され、その後、返還を求めることは国際社会でよくある事案だ。当事国間の交渉で、返還されたものもあれば、拒否されたものもあり、対応はケース・バイ・ケース。しかし、今回はこうした一般の外交事案ではなく、中国国内で起きた反日運動の新たな手口の要素が極めて強く、日本は慎重に対応する必要があると主張している。
今回、石碑の返還を主導する団体の実質の責任者は、著名な反日活動家の童増(どう・ぞう)氏である。今年初めから3月にかけて、第二次大戦中に日本に連行され、重労働を強いられたと主張する元中国人労働者らをまとめ、中国各地の裁判所に日本企業に対して損害賠償を求める一連の提訴を主導したのが童増氏である。
童氏はこのほか、南京事件の犠牲者や元慰安婦に対する賠償など多くの事案に携わっている。
日本と中国の間で1972年に調印された「日中共同声明」で、中国側は日中戦争に対する賠償を放棄したことを明記している。このため、中国政府は日本に対し戦争賠償の請求ができなくなった。しかし、童増氏らは民間賠償の名目で、日中戦争中に被害を受けた中国人らを探し出し、90年ごろから日本国内の多くの裁判所で日本企業などに対し損害賠償を求める裁判を起こしたが、ほとんどは「時効が成立している」「請求権が消滅した」などの理由で敗訴した。今年になってから、日中関係の悪化と習近平政権の対日強硬姿勢に合わせ、童氏らは訴訟の舞台を中国国内の裁判所に移し、精力的に活動を続けている。
最近、童増氏の活動が大きな“成功”を収めた事案がある。今年4月、童氏が支援した元中国企業家の親族が、日中戦争で沈没した船を租借していた日本企業から、約40億円の損害賠償を勝ち取ったことである。中国の裁判所が日本企業が所有する別の船を取り押さえたことがきっかけとなった出来事だった。日中両国政府は「戦争賠償ではなく、普通の民事問題」との立場をとっているが、中国世論は「対日賠償の大きな勝利」と位置づけている。
今回、童氏らが返還を求めた唐の石碑は、日中戦争前に日本に移されたものであるため、「請求権を放棄した日中共同声明と矛盾しない」(中国人学者)という。
童増氏が周辺に対し「約2カ月前に石碑のことを初めて知った」と語ったように、石碑に対する思い入れはなく、返還を求めたことは反日活動の一環にすぎず、「日本が中国から物を奪ったこと」を国内外に積極的にアピールする狙いがあると指摘される。
北京の日本問題専門家は「日中間には長い交流の歴史があり、多くの中国の物がさまざまな形で日本に渡ったことは事実で、返還の話がいったん始まったら、きりがなくなり、なかなか終らないだろう」と話している。(中国総局 矢板明夫(やいた・あきお)/SANKEI EXPRESS)