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「昭和天皇実録」完成 両陛下に奉呈 宮内庁、24年5カ月かけて編纂・1万2000ページ
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六国史(りっこくし、奈良~平安前期に天皇の動静を中心に編纂された国史) 昭和天皇の生涯を記録した「昭和天皇実録」が完成し、編纂(へんさん)作業を進めてきた宮内庁は8月21日、天皇、皇后両陛下に奉呈(献上)した。宮内庁は、奉呈した「正本」と同内容の「副本」は情報公開請求の対象とし、9月中旬に公表する予定。来年以降5年かけて順次公刊する。一部を消す黒塗りはしない。24年5カ月かけて編纂された実録は戦前から戦中、戦後の激動期を歩んだ昭和天皇初の包括的な公式記録。昭和史研究の貴重な史料となる。
両陛下への奉呈は21日午後2時から、皇居・御所で行われ、宮内庁の風岡典之(かざおか・のりゆき)長官(67)が実録完成までの経緯や奉呈本の概要などを説明。天皇陛下は「実録が完成したことをうれしく思う」という趣旨の言葉を述べ、編纂関係者へのねぎらいの気持ちを伝えられた。
奉呈本はB5版の和製本で、付属の「目次・凡例」1冊を含め全61冊で、計約1万2000ページ。分量は、天皇の実録(紀)としてはこれまで最長だった明治天皇紀の約1.5倍で、初めて口語体で叙述している。
昭和天皇実録は、1901(明治34)年の昭和天皇誕生から1989(昭和64)年の崩御まで87年8カ月余りの事跡を客観的資料に基づき、時系列に記す「編年体」の形式でまとめられた。皇室全般や政治、社会、文化、外交なども昭和天皇との関わりを中心に記述。終戦の「ご聖断」に至る経緯や、連合国軍総司令部(GHQ)のダグラス・マッカーサー元帥(1880~1964年)との会見内容など、戦前から戦後の占領期にかけての新史料の有無が注目される。
宮内庁は基となる資料として、未公開のものを含めて約3000件を収集。側近の日誌などのほか、未公開の個人文書や元侍従ら約50人からの聞き取りも参考にした。大正天皇実録は2002(平成14)~11(平成23)年に4回に分けて公開されたが、個人情報を理由に黒塗りされた部分が多く、公開の在り方が問われた。これを踏まえ、今回は黒塗りはしないが、編纂にあたっては、昭和天皇の細かな病歴や学業成績などには触れていないという。
昭和天皇実録は1990(平成2)年度から16年計画で編纂を開始。神代を除き歴代天皇として最長寿、最長在位だったうえに、新資料が見つかったこともあり、2回で計8年間、計画が延長された。編纂に要した費用は人件費を除き約2億円。公刊本は計19冊(索引1冊を含む)にまとめられ、来年3月にも、1901(明治34)~20(大正9)年分の2冊が刊行される予定。(SANKEI EXPRESS)
≪天皇・皇族の事跡を後生の皇室に伝える「実録」≫
宮内庁が8月21日、天皇、皇后両陛下に奉呈した「昭和天皇実録」。「実録」とは、日々の活動をはじめとする天皇・皇族の事跡をまとめた記録のことで、その事跡を後世の皇室に伝えるのが目的だ。「実録」ではなく「紀」と名付けられた実録もあるが、本質的な違いはなく、呼称の違いは時々の編纂方針や事情によるという。また、天皇・皇族の一代記である場合とそうでない場合があるが、基本的には時系列の「編年体」で記されるのが特徴だ。
古代中国で、皇帝一代ごとの記録をまとめていたものが日本にも伝わり、奈良時代から平安時代前期にかけて、天皇の動静を中心とした国史が編纂された。
「日本書紀」「続日本紀(ぞくにほんぎ)」などに続き、文徳天皇の代である850(嘉祥3)年から858(天安2)年の8年間を記録した「日本文徳天皇実録」、清和、陽成、光孝天皇の3代にあたる858年から887(仁和3)年までの29年間を記した「日本三代実録」の計6部が編纂され、「六国史(りっこくし)」と総称されている。
その後、天皇・上皇の命によって政府・国家がつくる実録は途絶えていたものの、明治時代になって再び編纂されるようになり、明治維新直前に在位した孝明天皇の事跡を調査する専門組織が設けられて、「孝明天皇紀」が編纂された。
「明治天皇紀」もこれに続き、1914(大正3)年に編纂の専門組織である「臨時帝室編修局(当初は臨時編修局)」が設けられて編纂が始まった。18年9カ月かけて1933(昭和8)年に完成。長らく公開されてこなかったものの、明治百年記念事業で68(昭和43)年から13冊(索引1冊を含む)を順次刊行した。
一方、1936(昭和11)年に完成した大正天皇実録は公刊されず、長年にわたり非開示の状態が続いたが、情報公開請求を契機に、宮内庁は黒塗りの部分を除いて開示した。(SANKEI EXPRESS)