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「読む」を超えた「夢見る」文学ゆえ 「日本SF展・SFの国」 椹木野衣

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「読む」を超えた「夢見る」文学ゆえ 「日本SF展・SFの国」 椹木野衣

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真鍋博「にぎやかな未来」(1978年)愛媛県美術館蔵(提供写真)  【アートクルーズ】

 たいへん画期的な展覧会であると思う。しかしその画期性はやや入り組んでいる。順を追って読み解いていこう。

 「純粋」からの逸脱

 まず本展は、文学館というやや特殊な施設で開かれている。が、十分に美術展として成立しているのだ。文学館なら当然、文学にまつわる企画が中心となるから、「見る」というよりは「読む」展示物が多くなりがちだ。しかし本展は違っている。圧倒的に「見る」ものが多い。その質量は通常の美術展と比べて遜色ないばかりか、かえって刺激的でさえある。

 なぜ、このようなことが起きたのだろうか。いうまでもなくそれは、SFというジャンルが、発表の形式としては純然たる文学であるにもかかわらず、図を描いて楽しむ、もしくは思い浮かべて楽しむ要素を重んじた「空想科学小説」であることに多くを負っている。つまり、いまSFで展覧会をやろうとすれば、おのずと文学展ではなく美術展とならざるをえないのだ。それくらいSFの世界は「読む」こと以上に「夢見る」楽しみで溢(あふ)れている。

 ところが他方でSFは、純粋に読むことから逸脱するこの楽しさゆえ、純文学の世界から周到に排除されてきた。純文学の「純粋」たるゆえんは、文字だけで紡がれる世界に特化し、目前の現実をいかに捉えるかに神経を注いだ。その最たるものが「私小説」ということになるのだろう。ところがSFとは対照的に、私小説では夢見ることは一切許されていない。というよりも、現実からの離脱はリアリズムを旨とする活字文学にとっては不純なのだ。SFに至ってはいうべくもない。

 排除されて隆盛が

 こうして純文学と周縁文学からなる価値の階層がかたちづくられ、前者は文壇と文芸誌と文学賞によってその価値が担保されてきた。他方、SFやミステリーはそうした価値の基準を満たさない未熟な文学として扱われた。だからこそ積極的に外部へと、すなわち映画化やテレビドラマ化へと触手を伸ばし、発表の場を自身の手で作るために同人誌や同人の大会を進んで組織した。後者の流れが現在、隆盛をきわめるアニメ文化やコミケといった日本を代表する一大文化潮流にまで成長したのは言うまでもない。

 他方、文字だけに活路を見い出そうとする純文学は、しだいに業界の内部で煮詰まるようになり、売り上げ的にも、新たな展望のうえでも苦境に立たされている。少し目につく書き手がいるかと思えば、たいていSFやミステリーが開発してきた手法の力を借りている。また本展の監修者のひとりである筒井康隆のように、大衆小説の権威である直木賞の候補に何度も挙げられながら受賞を逃し、しかし気がつけば純文学の最後の砦(とりで)を画するようになった者もいる。

 簡単に言えば、本展のような展覧会が文学館で開かれるようになったということ自体、純文学とSFとの垣根が壊れ、むしろ後者の方が優勢になっている現状を反映する出来事なのだ。冒頭で「やや入り組んだ画期性」と書いたのはそのためだ。

 美術界でも同じことが

 その意味で、先に挙げた筒井が会場の入り口で本展のために寄せた言葉は注目に値する。「ここに名誉ある展覧会を、他でもない全国的な、そして文学的な信望を得ている世田谷文学館に於(お)いて開催していただけることは、第一世代の生き残りの一人としての私の、まるで今やっとSFが文学史に組み込まれたかのようにも感じられる、大きな喜びです」「今は亡き先人たちに対して、『ひとり勝ち』という耳もとの囁(ささや)きから逃れられず、内心忸怩(じくじ)たる思いを捨てきれなかった私の胸を幾分なりとも軽くして下さったことに感謝しなければなりません」

 ややへりくだった印象がなきにしもあらずで、筒井独特の毒を感じないでもないが、おおむねは心の声に従うものだろう。なにより彼の感謝は、自身の文学が純文学へと桁上げされたことよりも、SFそのものが純文学を呑(の)み込み、昔の仲間もろとも、ようやくしかるべき居場所を得たことに注がれている。

 実は美術でも似たようなことが起きている。純粋美術や本画などと呼ばれ、画壇や美術評論の対象となってきた美術は年々、おのれを守ってきた「聖域」でやせ細り、逆にSFと同じくアニメやマンガの影響を受けた作品が幅を利かせるようになってきたのだ。この点でもSFは文学と美術を統合する可能性を宿している。本展でその萌芽(ほうが)を確かに見た気がした。()

 ■さわらぎ・のい 1962年、埼玉県秩父市生まれ。同志社大学を経て美術批評家。著書に「シミュレーショニズム」(ちくま学芸文庫)、「日本・現代・美術」(新潮社)、「反アート入門」(幻冬舎)ほか多数。現在、多摩美術大学教授。

 【ガイド】

 ■「日本SF展・SFの国」 2014年9月28日まで、世田谷文学館(東京都世田谷区南烏山1の10の10)。午前10時~午後6時。月曜休館(ただし9月15日は開館、9月16日は休館)。一般800円。(電)03・5374・9111。

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