ニュースカテゴリ:EX CONTENTS
国際
経済制裁、年金にジワリ打撃
更新
北極周辺の主な軍事拠点=2013年10月5日現在
経済制裁というものが政治的手段として持つ効果については、専門家の間でも意見が割れるところだ。米国が1962年に発動したキューバの経済封鎖はカストロ体制の崩壊をもたらさなかったし、国連安保理決議に基づく北朝鮮への制裁もいまだ核開発を放棄させるに至っていない。やはり核疑惑を抱えるイランは孤立脱却に動き始めたとはいえ、核問題の帰結はなお不明だ。
「制裁は体制の弱体化を通じ、結果的に独裁者を倒す」と主張する専門家がいる一方、「過去の制裁の65%は成功していない」といった分析もある。ウクライナ危機で米欧から制裁を発動されているロシアでも、ウラジーミル・プーチン大統領(61)が対外姿勢を大きく軟化させることはなく、むしろ国内多数派は「反米欧」で結束している感が強い。
ただ、ここにきて国の根本的な仕組みの一つである「年金」に、制裁の影響がじわりと押し寄せている。プーチン政権が、制裁対象となった大企業について、年金制度の補助を目的とした「国民福祉基金」からの資金拠出で救援する方針を示しているのだ。
国民福祉基金による支援が検討されているのは、国営の石油最大手「ロスネフチ」と独立系天然ガス企業「ノバテク」。前者はプーチン氏の最側近であるイーゴリ・セチン氏(54)が社長、後者はプーチン氏の旧友、ゲンナジー・ティムチェンコ氏(61)が共同保有者だ。両社は対露制裁で欧米市場での資金調達を厳しく制限されるなどしている。
ロスネフチは今年10~12月期に94億ドル(約1兆200億円)、来年1~3月期に118億ドル(約1兆2800億円)の償還期限を迎えるなど資金繰りが厳しく、政府に400億ドル(約4兆3400億円)の支援を要請した。既存の主要油田が生産減退期に入っており、外資と組んで北極海大陸棚などの新規開発を急いでいた矢先だった。制裁では、技術供与も制限されており、生産が先細りになる可能性が出ている。
ノバテクも、北極圏のヤマル半島で進める液化天然ガス(LNG)事業に支障が出るとし、最大39億ドル(約4200億円)の支援を政府に求めている。
国民福祉基金は石油輸出価格が一定額を超えた場合に蓄積される国家基金の一つで、年金基金の赤字を補填するのが本来の目的。これまでもインフラ整備の国家事業などに国民福祉基金から資金が投じられてきたが、制裁下の企業を救済する使途には批判的な声もある。9月初め時点の基金の残高は853億ドル(約9兆2700億円)だが、制裁対象となった企業や金融機関からの支援要請が殺到すれば、この基金の活用にも限界が出てくる。
年金制度をめぐっては今年、1967年以降に生まれた国民の積み立て年金が凍結されており、その措置が来年も延長されることになった。問題になっているのは、年金保険料の約3分の1を占める「積み立て部分」で、これは将来の自らの年金として自由な運用が認められていた。しかし、今年はこの積み立て部分が事実上接収される形で国家年金基金の赤字補填に振り向けられ、これが来年も継続されることが決まったのだ。
「当初は自分の年金を管理・運用できると言っておき、それを取り上げることで政権は国民をだました。積み立て年金は投資に向かう長期的資金として有効であり、(凍結継続の)決定は経済にとっても有害だ」。この問題に関する発言で解任されたセルゲイ・ベリャコフ前経済発展次官(41)は露メディアにこう語り、「国家と国民の信頼関係の基礎が壊される」と警鐘を鳴らしている。
ロシアは4599億ドル(約50兆円)と世界屈指の外貨準備を有しており、当面は中央銀行にも企業や銀行の資金需要に応じる十分な能力がある。だが、公務員の給与増額や軍需産業支援といったプーチン氏のバラマキ公約に米欧の制裁が重なり、財政への打撃はじわじわと出始めている。年金資金の流用は、その一つの事例にすぎない。(モスクワ支局 遠藤良介(えんどう・りょうすけ)/SANKEI EXPRESS)