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ソ連再興と民族主義の狭間で
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今月(6月)12日は「ロシアの日」という祝日だった。旧ソ連末期の1990年、ソ連の盟主だったロシア共和国が「国家主権宣言」を発した日で、これがロシアにとっての事実上の独立宣言だったとみなされることも多い。ソ連を構成していた他の共和国が基幹民族の名を冠した「国民国家」の体裁をとっていたのに対し、ロシア共和国は国家機構などの点でソ連と一体化している側面が強かった。この時期には他の民族共和国と同様、ロシアでもソ連からの「独立」を求める機運が高まっていたのだ。
この「ロシアの日」に合わせ、民間世論調査機関「レバダ・センター」が興味深い結果を発表した。「独立は幸福をもたらしたか」という問いに肯定的回答をした人が71%にのぼり、前年から18ポイントも増えたというのだ。この回答は98年には27%にすぎなかった。逆に「独立は有害だった」という人、つまりソ連崩壊を否定的にとらえる人は98年に57%だったが、昨年(2013年)は22%、今年は12%と急減した。
専門家らは、ここに2つの要因を見ている。まずは、ソ連崩壊から時間がたち、ロシアの全般的な生活水準が向上したのに伴ってソ連への憧憬も薄れてきたということだ。もう一つは、「ロシア系住民の保護」を名目に行われた3月のウクライナ南部クリミア半島併合やウクライナとの対立により、ロシア国家への愛国心が一気にかき立てられたことである。
クリミア併合は、ウラジーミル・プーチン大統領(61)による「ソ連再興の野望の表れ」と解釈されがちだが、実際にはロシア民族を中核とする「国民国家」を希求する国民感情に火をつけた可能性がある。
「ソ連再興の野望」にむしろ近いのは、5月29日にロシアとベラルーシ、カザフスタンの旧ソ連3カ国が発足を宣言した「ユーラシア経済連合」だろう。プーチン氏は旧ソ連諸国の再統合を通算3期目の最重要課題に掲げており、政権はこれを「歴史的出来事だ」と自賛した。3カ国は現行の「関税同盟」を発展させ、人やサービス、資本の移動自由化と共通の産業政策導入によって、2025年までに単一市場の形成を目指す。
だが、旧ソ連で域内第2の大国、ウクライナがこれに参加する見通しは遠のき、加入に前向きなのはキルギスやアルメニアといった貧しい国々、あるいはロシアが一方的に独立を承認したグルジアのアブハジア自治共和国や南オセチア自治州といった地域だ。経済統合の効果は薄いと予想されているばかりか、ロシアがこうした連合体を維持するための「出費」は大変なものになる見通しだ。
ロシアは現時点ですでに、親露的な周辺諸国・地域への支援やロシア軍部隊の駐留に国家予算の5%を投じていると試算されている。「帝国」の維持費がロシア経済の足を引っ張っていることが明白になれば、こうした構想に対するロシア国民の否定的意識が強まる可能性は十分にある。1990年の「国家主権宣言」も、ソ連時代の不自由な生活とともに、ソ連構成共和国を支えるためにロシアが低い生活水準を強いられていたことへの反発だった。
ただ、ロシア人のソ連に対する感覚には、当時も今もはっきりしない部分が多い。
91年3月にはソ連構成15カ国中9カ国で国民投票が行われ、連邦制維持への賛成票が8割近くを占めた。にもかかわらず、年末にソ連が崩壊した際に抗議デモが起きることはなかった。「最低限の生活が皆に保障され、安定と秩序があった」などとソ連時代を肯定的にとらえる層は現在も明らかに存在する。その半面、近年のロシアでは外国人労働者の流入などに反発し、ロシア民族主義が着実に伸長している現実がある。
ソ連崩壊後のロシア人は「自分は何者なのか」というアイデンティティー・クライシス(自己喪失)の状態にある。今後数年間でロシアの多数派が「ソ連再興」と「民族主義」という振幅のどこに自らの居場所を求めるか-それによってこの国の形が決まってくるだろう。(モスクワ支局 遠藤良介(えんどう・りょうすけ)/SANKEI EXPRESS)