SankeiBiz for mobile

誰かと誰かを引き合わせてくれるもの 「ふたつのしるし」著者 宮下奈都さん

 書店員の熱烈な支持を受けて話題となった『スコーレNo.4』など、日常の丁寧な描写に定評がある作家、宮下奈都(なつ)さん(47)が、新刊『ふたつのしるし』を刊行した。優等生の女子と落ちこぼれの男子。生きることに不器用な2人の、ささやかな希望の物語だ。

 物語は2人の「ハル」を主人公に、交互に語られていく。生まれ育った環境も性格も、年齢すらも違う。共通するのはどこか生きづらさを抱えていることだけ。そんな2人はやがて互いに輝く“しるし”を見つけて出会う-。

 好きなものは地図と蟻。夢中になると他のものが見えなくなってしまう一風変わった男の子、それが温之(はるゆき)だ。「温之を書きたくて、この物語を書き始めました」。温之のキャラクターのヒントは自身の長男から。「ずーっと校庭で蟻を見つめているような男の子。今15歳ですが、物心ついたのはいつかと聞いたら、なんと10歳だと言う。遅っ(笑)! この子の目にはどういう風に周りが見えているんだろうという興味と、王道ではなくても、いつか自分なりの幸せを見つけてほしいという祈りのような思いが、温之という人物へとつながっていきました」

 奇跡よりささやかな

 一方、もう1人の主人公、遥名(はるな)は勉強もでき、真面目な女の子。できるだけ目立たないようにと、息を潜めながら毎日を過ごしている。金沢市に生まれ育った遥名は、親の反対を受けながらも「特別ななにか」を求めて東京の大学へ進学。大手企業に就職する。「私も福井県に生まれ育って、大学進学のために上京しました。今回の作品では2人の主人公のどちらにも肩入れしないようにあえて三人称を使っているのですが、遥名は自分と重なるところが多く、ついつい『私』と書きそうになってしまいました(笑)」

 ドラマチックな展開はほとんどない。しかし、丹念に描かれた日常のきらめきや痛みが、読む者の胸を切なくさせる。「普通の人を書き続けるのは、私自身がすごく普通の人間だから。普通の人生にも、派手ではないけれどドラマはある。大学に入るとか、一見普通のことに見えても、本人にとってはすごい出来事なわけです。楽しかったり、悲しかったり。好きな人や大事な人は、必ずしも派手な人ではない。そんな彼らが何を思って、どうやって生きているんだろう。そこを描いていきたい」

 タイトルにもある「しるし」という言葉。「偶然よりかは縁があって、奇跡というよりささやかなもの。普段見過ごしたりするけれど、いろんなタイミングが合わさったときに光って、その存在を教えてくれる。生まれも育ちも何もかも違っても、必ずしるしは光って誰かと誰かを引き合わせてくれる。そうだったらいいなという思いを込めました」

 ちなみに、自身の夫との出会いは就職試験の会場。「1人だけ彼が本を読んでいた。すごく気になって、思わず『なんの本を読んでいるの』と声をかけていた。『しるし』を見つけたのかもしれませんね」と照れながらほほ笑む。いつか、きっとどこかに。「しるし」は輝く日を待っている。(塩塚夢、写真も(SANKEI EXPRESS

 ■みやした・なつ 1967年、福井県生まれ。上智大学卒。2004年、「静かな雨」が文学界新人賞佳作入選。07年、『スコーレNo.4』が文庫化を機にTwitter上で結成された「本屋さん秘密結社」によって多くの書店から支持を受けた。3児の母でもある。著書に『窓の向こうのガーシュウィン』『終わらない歌』など。

「ふたつのしるし」(宮下奈都著/幻冬舎、1300円+税)

ランキング