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「守るべき美」がはっきり見えてくる 「ニッポン景観論」著者 アレックス・カーさん

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「守るべき美」がはっきり見えてくる 「ニッポン景観論」著者 アレックス・カーさん

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徳島県祖谷(いや)に立つ築300年の茅葺き家屋「ちいおり」の前に立つアレックス・カーさん=2012年4月9日、徳島県三好市(提供写真)

 【本の話をしよう】

 画像処理で消して

 日本各地で古民家のリノベーションを手がけるなど、独自の視点と手法で日本の美を掘り起こし、再生してきた米国出身の東洋文化研究者、アレックス・カーさんが、美しい日本の景観を取り戻すための提言を新書『ニッポン景観論』にまとめた。10年以上かけて撮りためた多数の写真をキーに、日本の病と未来を説得力たっぷりに指し示す。

 「ここまで来るのに10年以上かかった。僕の集大成ですね」

 伝統的な街並みの上に張り巡らされた電線、緑豊かな山河の中をブチ抜く巨大な橋や道路、寺社にあふれる注意喚起の看板…。それらを画像処理で消してみたら? 本書では、「コレクション」と呼ぶ膨大な写真によって、日常に埋没し気にも留めなかったものたちが、いかに景観を阻害しているかを一目瞭然で示す。

 「とにかく、目で見て分かりやすく。長年全国各地で講演をしてきましたが、その内容をより多くの人に伝えたいと思った。言葉をいくら尽くすよりも、自分の目で『ビフォー』『アフター』を実感してもらえたら」

 1964年、東京オリンピックの年に父の転勤に伴って初来日。米イェール大学などで学んだ後、77年に就職のため再来日した。日本の国土が「近代化」の名のもとに痛めつけられていくさまを長年見つめ続けてきた。『美しき日本の残像』(新潮学芸賞受賞)、『犬と鬼』などの著作を通じて警鐘を鳴らしてきたが、本書はその中でも特に気軽に読める内容となっている。「『犬と鬼』は学術的な本だったので、読みづらい部分もある。今回は文字も少なく、すごく分かりやすい内容になっています」

 豊富なビジュアルに加え、至るところにちりばめられたブラックユーモアが気持ちをほぐしてくれ、ついついページをめくってしまう。

 「ユーモアの加減は苦労しましたね。あまりにきつかったり、見下している感じになってしまうとダメ。かといってソフトすぎても面白くないし。うまいバランスに仕上がったと思います」

 自然、文化を残して

 自身の考える「守るべき日本の美」とは何か。

 「まずは自然。山、川、水、紅葉…。万葉集の時代から愛され続けてきた風土です。次に文化。日本はシルクロードのゴールとなった国。あらゆる文化を受け止め、丁寧に磨き上げてきたものが街並みや生活文化などに残されてきました。しかし、このいずれも、『古いものや不便なものは時代遅れ。新しく奇抜なものこそがすばらしい』というゆがんだ価値観によってダメージを受けてきました。これは先進国の発想ではありません。混沌(こんとん)こそがアジアらしさなのだという主張もありますが、同じアジアのシンガポールやバリ島などでも伝統的な景観を保全し、シックな街並みを作り上げています。言い訳は通用しないのです」

 何もない魅力

 現在、京都や長崎など各地で古民家再生事業を手がける。原点となったのは徳島県祖谷(いや)にある1軒の茅葺(かやぶ)き家屋だ。「●(=簾の广を厂に、兼を虎に)庵(ちいおり)」と名付けられたこの家屋は、約40年前に買い取って以来、伝統建築の美しさはそのままに、水回りなどの徹底的な改修を行ってきた。今では世界各地から外国人が集まる場となっている。

 「便利と美は両立し得る。壊して新しく作るのではなく、今そこにあるものをどう生かすかにお金を使うべきです。ちい庵(ちいおり)の周りには大きな施設も便利な道路も何もないですが、それでもたくさんの人が来てくれる。そこには『何もない魅力』があるからです。現在、政府も観光立国をうたっていますが、こうした風景を守り、残していくことこそが、大きな観光資源になっていくのだと思います」

 古いものの価値を見直すことに知恵とお金を使う。それこそが発展途上国のような感覚からの真の卒業となるのだと説く。「10年前はまだまだ観光の意識が低かったですが、京都をはじめ、規制強化など景観保全の活動が本格的に始まりつつある。新しい動きの芽が見えてきたと感じています。観光はすごいパワーになる。未来を切り開くためにも、日本人の一人一人に、この問題を考えてほしい。国民の意識が変わることで、日本の風土も変わっていくのですから」(塩塚夢/SANKEI EXPRESS

 ■Alex Kerr 1952年、米国メリーランド州生まれ。イェール大学日本学部卒業後、慶応義塾大学国際センターで日本語研修。77年から京都府亀岡市に居を構え、外国人に伝統芸術を紹介するプログラム、古美術収集など、日本文化の研究に励む。2000年代に京都の町家が壊されていることを懸念して、修復して宿泊施設として開業。10年から景観と古民家再生のコンサルティングを地方に広げ、長崎県、奈良県などで滞在型観光事業を営む。著書に『美しき日本の残像』(新潮学芸賞受賞)、『犬と鬼』など。

「ニッポン景観論」(アレックス・カー著/集英社新書ヴィジュアル版、1200円+税)

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