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児童文学に収まらない壮大な物語 乾ルカ

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児童文学に収まらない壮大な物語 乾ルカ

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上名寄(かみなよろ)というところに住む友人が、収穫間近の田んぼと空の写真を送ってくれました=2014年9月21日、北海道上川郡下川町(乾ルカさん提供)  【本の話をしよう】

 ついこの間生まれてくれた、笑ってくれた、初めて名前を呼んでくれた…と思っていた姪も、もう上の子は小学校5年生、下の子も3年生になりました。姪たちの成長ぶりを見ていると、時間のたつのは早いな、と痛感します。特に私におんぶされながら眠った上の姪っ子は、今やすっかり大きくなり、身長体重ともに私をはるかに超えました。並ぶともう頭一つ違います。まさかこれほど大きな子になるとはと、会うたびに赤ちゃんだったころを懐かしく思い出します。

 そして、大きくなった彼女は、私にいろいろなことを教えてくれます。本当は私が叔母として大人として教えなければならないのでしょうが、なかなかどうして、学校、学童保育などで得てくる情報はあなどりがたいものがあります。特に、今子供たちの間ではやっているマンガ、本の情報などは、リアル女子小学生にはかないません。

 姪の「置きみやげ」

 去年姪が「ぜひ読んでくれ」と私に薦めてくれたマンガは『進撃の巨人』。姉いわく、「あんたの感想が聞きたいのだと思う」のだそうですが、ついつい一緒に楽しんでしまい、感想を教えあうというより、「次どうなるんだろうね。新刊買ったら貸してね」とお願いする始末です。姪は快くうなずいてくれます。最新刊も先日貸してくれました。

 そんな彼女が今年の夏休みに私に大プッシュしてくれた小説が、『獣の奏者』(上橋菜穂子著)。わが家に泊まりにきたとき、彼女はそれを持ってきて、置いて帰ったのです。置きみやげのように、きっと読んでねと祈るように、シリーズ第1作の闘蛇編は、リビングのテーブルにありました。

 練り込まれている設定

 闘蛇という戦いに使う獣、その獣の世話する母の元で育った少女エリンが、この物語の主人公です。闘蛇の世話は、誰でもできることではありません。その闘蛇たちがどういう理由からか大量死し、その責を問われた母が非常にむごい処刑法で殺される。序盤から大変ハードな幕開けです。

 エリンは母の最期の謎めいた行動で、なんとか生き延びるのですが、その後も彼女自身望まぬままに運命の波にのまれていきます。闘蛇を操るすべを知っていた、霧の民(アーリョ)と呼ばれる一族の血を引く母、その母の血を受け継いでいるエリン。闘蛇を大いなる武力とする大公、その闘蛇を喰らう、翼を持つ聖なる獣、王獣。幼いエリンが奇跡的に命を長らえ、さまざまな経験をし、成長し学ぶうちに、聡明な彼女は自然と、野生に生きる獣と人間に飼われる闘蛇や王獣の違いに気づいてしまいます。その気づきとエリンの獣-あるいは生きとし生けるものすべてへ向けられる優しさが、彼女をさらなる過酷で重大な運命の岐路に追いやるのです。

 闘蛇編から始まり、第4部の完結編まで続く物語の舞台はとても壮大です。ファンタジーの枠に収まりきらない世界観を感じます。けれどもすべてが浮世離れしている別世界とも思えないのです。まるで、遠い過去にこの国は実在したのではないか、とすら錯覚してしまいそうになります。設定が細かなところまで練り込まれているからでしょう。

 国のあり方、人のあり方。命とは。信念とは。一律に答えのでない問いを、読み進めるうちに何度も投げかけられ、エリンとともに考えながらページを繰りました。

 それから、読み終わったとき、せんない望みではありますが、この小説を子供のころに読みたかったと強く思いました。小学生のころにこの作品を読むことができたら、そしてまた大人になって読み返してみたらどうなのか。どの部分に変化を見つけ、一方変わらない部分はどこなのか。それを知ってみたかったです。

 大人も引きつけられる

 この小説は児童文学というジャンルになると思います。子供たちが読みやすいように、ルビも丁寧に振られています。とはいえ、ファンタジーが少しでもお好きな方なら、大人でも必ず楽しめるはずです。よく児童・少年少女向け作品に対し「これは子供が読むものだから」「こんなのはもう小学校(中学校)で卒業でしょ?」というような評価がされる場合がありますが、私は子供たちが真に夢中になるものには、必ず大人でも引きつけられる要素があると思っています。(作家 乾ルカ/SANKEI EXPRESS

 これからも、姪にお薦めの小説を教えてもらおうと思った今年の夏でした。

 ■いぬい・るか 1970年、札幌市生まれ。銀行員などを経て、2006年『夏光』で第86回オール讀物新人賞を受賞してデビュー。10年、『あの日にかえりたい』で第143回直木賞候補、『メグル』で第13回大藪春彦賞候補となる。12年、『てふてふ荘へようこそ』がNHKBSプレミアムでドラマ化された。近刊に『モノクローム』。ホラー・ファンタジー界の旗手として注目されている。札幌市在住。

「獣の奏者」(上橋菜穂子著/講談社文庫、1~4巻+外伝、629~752円+税)

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