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【世界自転車レース紀行】(20)中国 最後の「ツアー・オブ・北京」
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山の尾根に万里の長城がそびえる北京郊外を行く選手たち=2014年10月12日、中国(田中苑子さん撮影) 10月10日から14日までの5日間、中国の北京近郊で「ツアー・オブ・北京」が開催された。ツアー・オブ・北京は、世界最高峰のシリーズ戦である「UCIワールドツアー」におけるアジア唯一のレースで、毎年シーズンの最後に開催される。
初開催は2011年。自転車ロードレース競技のグローバル化を推し進める当時のUCI(国際自転車競技連合)のパット・マックエイド会長が、停滞する欧州の景気とは対称的に、好景気に沸く中国に着目して4年間の大会開催を約束する契約を結び、地元中国の主催者に競技運営のノウハウやロジスティックスを提供することとなったのだ。それまでUCIワールドツアーは、ヨーロッパ、アメリカ、オセアニアでのレースに限られていたが、ツアー・オブ・北京が組み込まれたことで、初めてアジアにトップカテゴリーのレースがやってきた。
年々、地元の人気も高まり、とくに近年は北京に住む外国人の自転車愛好者たちが大会人気を後押しした。ツアー・オブ・北京の山岳コースに「パンダコーナー」なるものを設置。北京市内からバスをチャーターしてコースに向かい、パンダの着ぐるみを着て、選手たちを応援するなど、彼らの遊び心あふれるアイデアでツアー・オブ・北京は、他のレースとは大きく違う強い個性を放ち、多くの人に愛されるレースとなった。
しかし、4年契約のうちの3年目となる昨年、UCI会長が交代。新しく会長に就任したブライアン・クックソン氏は、女子カテゴリーのメジャー化やドーピングの撲滅、若手選手の育成などに重点をおいていることもあり、ツアー・オブ・北京の地元主催者との契約は更新されず、今年、ツアー・オブ・北京はその短い歴史を閉じることとなった。
≪頭を抱えた食物汚染とPM2.5問題≫
この大会はいろいろ問題があった。選手たちはビザが発行されなかったり、空港から出るのに半日かかったりと、頭を抱えることが多かった。
中でも、もっとも深刻な問題の一つが、ぜんそく治療薬として開発された薬「クレンブテロール」による食物汚染だった。EPO(エリスロポエチン)に代表されるドーピングスキャンダルが後を絶たない自転車ロードレースでは、非常に厳格なドーピング検査が行われる。
だが、中国では禁止薬物であるクレンブテロールが食肉家畜の肉質向上を目的に肥料に混ぜて使用されることがあり、その食肉を食べた場合、ドーピング検査で陽性が出てしまう。実際に昨年、ツアー・オブ・北京に参加した選手が、その直後の日本国内でのレースで優勝したものの、クレンブテロールの陽性反応が出たために優勝が剥奪された。のちに中国での食肉によるものと証明できたため、その選手は罰則を受けることはなかったが、大会の優勝は剥奪されたままとなった。
こうしたことから、大会期間中は、選手たちは指定されたレストランでのみ食事が許され、リスクの高い赤身の肉は一切口にしなかった。
そしてもう一つの大きな問題は、PM2.5による大気汚染。自転車ロードレースは公道を使って開催される競技で、ツアー・オブ・北京では1日約150キロ、約4時間にわたり選手たちは屋外で激しい運動をすることとなる。2008年の北京五輪の際は大々的な対策が取られたというが、それから年月を重ねるたびに、北京の空は再び深刻なスモッグに覆われるようになった。大会側もできるかぎり市街地を避けるようにしてコースを設定したが、ついに今年の第2ステージでは、ゴール地点が設置された北京郊外の延慶県における大気汚染の数値が非常に悪く、選手やチームからの抗議が殺到した。結局、当初のゴール地点よりも30キロほど手前に位置する山岳エリアにゴール地点が変更されることとなった。
しかし、皮肉にもその変更が今年の大会をより面白いものにした。
登坂区間にゴール地点が設置されると選手たちの脚力に応じて、大きなタイム差が生まれ、各ステージの合計タイムで競われる総合順位が大きく変動することになる。第2ステージでは、急遽(きゅうきょ)ゴール地点が平地から山頂に変更されたため、登坂を得意とする元世界チャンピオンのフィリップ・ジルベール(ベルギー、BMCレーシングチーム)が優勝。ジルベールが第2ステージでのリードを守り切り、ツアー・オブ・北京、最後の優勝者となり、赤いリーダージャージに袖を通した。
現状で来年以降、ツアー・オブ・北京に代わるアジアの大会は予定されていない。日本人、中国人、マレーシア人と、徐々にアジアの選手たちがトップカテゴリーで活躍するようになっている昨今、新しいアジアのレースが生まれることを期待したい。(写真・文:フリーランスカメラマン 田中苑子(そのこ)/SANKEI EXPRESS)