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ベルリンの壁崩壊 あす25年 旧東独地域 経済格差なお大きく
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統一直後と最近の東西地域の収入=2014年11月7日現在、※ドイツの平均を100とした場合 東西ドイツ分断の象徴だった「ベルリンの壁」が崩壊してから、9日で25年となる。統一を経て欧州最大の経済大国の座に就いたドイツはこの間、旧東独地域の再建という重い課題に取り組んできた。東西の格差は大きく改善したものの、なお埋めるべき溝は残る。四半世紀の努力と国の将来をめぐっては、さまざまな評価が出ている。
「全体として喜ばしい結果だ」。連邦政府で旧東独地域を担当するグライケ全権委員は9月、復興状況の年間報告書を発表する際、東西両地域の生活状況を近づける試みは上々の進み具合だと強調した。
報告書によると、旧東独地域の1人当たりの国内総生産(GDP)は、統一直後の91年には旧西独地域の33%に過ぎなかったが、昨年には66%まで改善。収入は91年には国全体の平均の6割未満だったが、2012年には8割超となった。失業率は10.3%で旧西独地域の6%より高いものの、最悪の時期に比べて半分近くに低下した。
壁の崩壊時、東独の人口は約1600万人。国の統一は「歴史的に例のない挑戦」(グライケ氏)だった。ヘルムート・コール元首相(84)は当時、楽観的な見通しも示したが、統一後には旧東独地域の経済が一段と悪化した時期もあった。再建に投じられた総額は2兆ユーロ(約285兆円)とも試算される。
「数年以内に輝かしい光景になるという期待が正しくなかったのだ」。ドイツ経済研究所のフラツシャー所長はこの20年余の成果を前向きにとらえる。
状況が改善されたとはいえ、経済格差は厳然として残る。旧東独でも、西部から大企業が進出した一部地域に発展が偏っているとの指摘もある。小規模企業が中心の産業構造で生産性が低いことも課題で、近年は格差縮小のペースも鈍化。「今後20年でも、旧西独地域に追いつくとは思わない」(専門家)との声も聞かれる。
実施中の旧東独地域の再建プログラムは2019年で終了する。政府や州ではこれに伴い、統一コストをまかなうために全国で徴収してきた「連帯税」の取り扱いの検討を始めた。
インフラ整備などが劣る地域は旧西独にも現れており、アンゲラ・メルケル首相(60)も「経済の地域差は東西間だけではない」と述べる。ドイツが取り組むべき課題も、この25年で様変わりしている。(宮下日出男/SANKEI EXPRESS)
≪冷戦の最前線 首都に定着≫
ベルリンは、統一ドイツの首都として活気づいている。だが街が東西に分断されていた冷戦時代に西側は壁に囲まれ、東ドイツに浮かぶ「陸の孤島」だった。
統一の象徴ブランデンブルク門の南数百メートルにある街の中心の一つ「ポツダム広場」。近代的ビルなどが並び、有名な「ベルリン国際映画祭」開催の拠点ともなるこの一角は、ベルリンの歴史を映し出す。
ベルリンが「黄金の20年代」と呼ばれる繁栄を迎えた戦前にポツダム広場は欧州有数の繁華街だったが、戦争で廃虚と化し、戦後は東西の境をなす壁が通された。そしてボンからベルリンへの首都移転に伴い、放置状態だったポツダム広場は再開発され「驚くばかりの変容」(67歳女性住民)を遂げた。
「私はベルリン市民」。1963年、西ベルリン入りした当時のケネディ米大統領が独語で語った。冷戦のさなか、東ドイツ内に取り残され、不安を抱く西ベルリン市民を励ました言葉は今も語り継がれている。
ドイツ敗戦で米英仏とソ連に分割統治されたベルリンは、米ソ対立の影響にさらされていく。ソ連は48年、米英仏が占領する西ベルリンへの通路を封鎖。米英軍が物資の空輸作戦を敢行した。約1年で封鎖は解かれたが、東西ドイツが49年それぞれ建国され、61年8月にはベルリンの壁が建設された。
壁の目的は東独国民が西ベルリン経由で脱出し、労働力が流出するのを防ぐこと。当初は有刺鉄線などだったが、高さ3.6メートルのコンクリート製などに拡充され、壁に沿った監視用の立ち入り禁止区域は「死の地帯」と呼ばれた。
「壁はまだ50年も100年も残る」。東独のホーネッカー社会主義統一党書記長がこう強調したのは89年1月。だが、改革に消極的な東独の体制も民主化の波に抗(あらが)えず、89年10月、ホーネッカー氏は失脚。11月4日の東ベルリンのデモの規模は100万人に達した。
9日の壁崩壊の直接の引き金は出国の自由化を公表した際、東独政府幹部が時期を「即座」と答えたことだった。政府は10日からの秩序だった実施を想定していたようだが、市民は国境に押し寄せた。国境警備員は事情を知らなかったといい、当時のクレンツ書記長は後に「衝突を避けられたのは警備員の慎重さのおかげ」とも語っている。
それから四半世紀。ベルリンの中心は国の行政施設などが集まるかつて東側だった地域だ。にぎわいは周辺地区にも広がり、若手の芸術家や音楽家も多く集う。
観光客は91年の300万人から昨年は約1100万人に増加。
人口は342万人で増加傾向にある。(ベルリン 宮下日出男/SANKEI EXPRESS)