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心の持ち方で苦しみは消滅する 鈴木日宣
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日蓮宗系の尼僧、鈴木日宣(すずき・にっせん)さん=千葉県内(財満朝則撮影)
冬の間は枯れているように見えていた境内の枝垂桜(しだれざくら)。その枝先には固いつぼみが出始めています。春告げ鳥が美しい声を披露するたびに少しずつ少しずつ、そのつぼみは膨らみを増していくのでしょう。境内の彩りが「春色」に染まるのも、もう少しです。
季節の変わり目には必ず予兆があり、冬から春に変わる頃は春一番が吹き、そして「菜種梅雨」と言われる春の長雨。しとしとと降る雨に洗われた草木は生き生きとしてみえます。その様子を見るたびに私は法華経薬草喩品(ゆほん)の中に説かれている次のお話を思い出します。
「この地上には名も知らないような小さな草から天を貫くような大きな木など、実にさまざまな草木がある。大きさや形が違う草木にも雨は平等に降り注ぐ。草木は私たち衆生であり、雨は仏様の慈悲である」
大地に降り注ぐ雨のように、仏様は大きな慈悲をもって分け隔てなく平等に教えを説かれますが、同じ教えを聞きながら受け止める側にはおのおの相違があります。それぞれの境涯や性質が違うからです。しかし雨が平等に降り注ぐことで草木が花を咲かせ実をつけるように、仏様の教えを素直に聞けば一人一人に心の成長が必ずあります。雨は植物に恵みを与え、それぞれの特性を活かしてくれます。時がきて梅は梅らしく、桜は桜らしく咲く。人間も大自然の一部ですから、仏様の教えを受けて人間らしく生きることが本来の姿といえます。
仏様は「生老病死」というもっとも切実な苦しみから人々を救済したいという深い思いから法を説かれました。「人生には苦しみがつきまとうものだと悟ることが第一。次にその苦しみの原因を探すとさまざまな欲望や執着心が原因であることがわかる。つまり心の持ち方によって苦しみは消滅する」と述べられ、そして「悪い心や行いは悪因を積み悪果を得る。逆に善い心や行いは善因を積み善果を得る。悪因を作らず善因を積み心を浄(きよ)くしていきなさい。五常、五戒を守り、親や国、自分にかかわる全ての人々、そして大自然に感謝して過ごしなさい」など、心の栄誉となる非常に大切なことを教えてくださっています。それを実践していくことが人間らしく生きるための「根」となっていくのです。
出かけ先で石を割いた根を持つ巨木を見かけます。崖のような場所で根を張りふんばっている木を見かけます。雑草を抜いても、少しでも根が残っていればそこからまた再生してきます。自然界の草木のたくましいこと。みなしっかりした根を持ち、厳しい環境の中でも乗り越えて生きています。「根」を大きくし、しっかりと張っていくことで水分や栄養分をたくさん取ることができ、ますます根や幹が大きくなっていきます。私たち人間にも「根」の存在が非常に大切なのです。
人間らしく生きていく-。それが「根」となってこそ初めて一人ひとり本来の「自分らしさ」が見いだせるのではないでしょうか。しっかりと根を張り、心の栄養分をたくさん取り、世の中の厳しい風に吹かれても決して倒れることのない太い幹のような立派な人間性を作り上げて参りましょう。
≪学力よりも人間性を重視した教育が必要≫
戦前の日本人の精神性は世界一素晴らしいと言われました。それは幼い頃から教育勅語(ちょくご)を基盤とした道徳、修身が徹底されていたからです。それに比べ戦後、日本人の精神性は下降の一途を辿(たど)るばかりです。道徳や修身教育を蔑(ないがし)ろにし、「個人主義」によって自分勝手な人間性を育ててしまった戦後教育の誤りは現代の様子を見れば一目瞭然と言えましょう。
日蓮大聖人が「雪は真っ白で染めるに染められない。真っ黒な漆は白くなることはない。それに比べ人の心は移りやすく、善悪に染められやすいものである」と仰せであるように、人の心は周りの思想や環境に染まりやすいものです。ことに子供は素直ですから、親の考えや学校教育によってまたたく間に染まっていきます。幼い頃からの躾(しつけ)や道徳教育が子供の人格形成に大きく関わってきます。「お父さん、お母さんの子供に生まれてよかった」「日本人でよかった」と子供たちが素直に思える教育は必ず心豊かな人間性を培うことでしょう。人間としてそして日本人としての「根」となっていくように、学力よりも命の大切さ、日本人であるという誇り、人間であるという自覚を持てる、人間性を重視した教育がこれからの日本に必要とされるのではないでしょうか。(尼僧 鈴木日宣(にっせん)/撮影:財満朝則/SANKEI EXPRESS)
7年間社会人を経験したあと内田日正氏を師として26歳で出家。日蓮宗系の尼僧となる。現在は千葉県にある寺院に在住し、人間界と自然界の間に身をおきながら修行中。