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科学
【アラスカの大地から】旧交温め合うひとときがうれしい
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ブルックス山脈最大の湖、シュレイダー湖。分厚い氷も白夜の日差しで融けてゆく=2014年7月5日、米アラスカ州(松本紀生さん撮影) セスナに差し込む日光が頬に心地いい。冬のそれと明らかに違うのは光に熱を感じることだ。眼下では荒涼としたブルックス山脈を覆う残雪が日差しを浴び、まぶしい輝きを所々で放っている。
隣で操縦桿(かん)を握るカークとはもう8年の付き合いになる。春になると彼とこうして北極圏の最北端へ旅に出るのが恒例となっている。
ブッシュパイロット-。標識ひとつないこの広大な土地の地理や天候を読み解き、小型機ひとつで駆け回る彼のような腕利きを、アラスカではこう称している。
冬のマッキンリー山麓での出来事や日本の政治経済、今シーズンの撮影予定など、毎年同じような会話をしながらも、それが単なる時間つぶしではなく、旧交を温め合うひとときであることがうれしい。仕事上の付き合いだけでは終わらないのが、アラスカに集う人々の多くがもつ特徴である。そんな彼らの存在は、僕がこの地にひかれてやまない大きな要因のひとつである。
≪極北の空気を吸い込みカメラを構えた≫
「ドールシープだ」とヘッドホン越しにカークの声。とっさに彼の目線の先を見渡すが、それらしいものは何も見えない。
「あの尖った頂からまっすぐ下に降りたところだよ」と言われてやっと見えてきたのは、米粒ほどの白い点だ。自分だけでは絶対にそれがシープだとは分からなかっただろう。
探しているものが実際にどんな風に見えるのか、それさえ分かっていれば小さくとも見つけだすことができる。海上はるか遠くでホコリのように立ち昇るクジラの潮を、僕が難なく見分けられるのと同じなのかもしれない。
「カリブーだ」。またカークが叫ぶ。さっきよりも声が弾んでいるのは、カリブーを待ち望んでいた僕の気持ちを忖度(そんたく)してくれているからに他ならない。
機上からでも見渡しきれないほどの大地の、ほんの一部分だけが無数のカリブーたちでうごめいている。
やっと出合えた。セスナの窓を開け、極北の空気を胸いっぱいに吸い込みながらカメラを構えた。(写真・文:写真家 松本紀生/SANKEI EXPRESS)
2012年12月から月1回連載してきました写真家、松本紀生さんの「アラスカの大地から」は今回をもって一時終了します。今後は随時掲載します。ご愛読ありがとうございました。