SankeiBiz for mobile

【アラスカの大地から】同じオーロラには出合えない

ニュースカテゴリ:EX CONTENTSの科学

【アラスカの大地から】同じオーロラには出合えない

更新

マッキンリー山上空を舞うオーロラ。同じものは二度と見ることができない=2014年2月19日、米アラスカ州(松本紀生さん撮影)  初めてアラスカを訪れた晩、生まれて初めてオーロラを見た。そのときのことはもちろんよく覚えている。その後20年にわたって撮り続けることになるオーロラとの出合いについて、少し書いてみたい。

 アラスカを撮る写真家になると決断し、日本の大学を中退して間もない頃だった。アラスカ大学に入るためにTOEFLという英語の試験を日本で受けた。最初の試験では大幅に点数が足りず、2度目で7点だけ規定を下回るスコアを得られた。両方の点数を添えて入学申し込みをしたところ、不合格の通知が送られてきた。

 わずか7点で思い焦がれた地への扉を閉ざされてしまう-。そのことに納得のいかなかった僕は、大学へ乗り込んで直談判をすることを決意した。思い返すと乱暴な思考であるが、あの頃の気持ちの勢いは誰にも止められなかっただろう。

 とはいえ初めてのアラスカ。しかも無謀な交渉に挑もうというのである。自らをさらに奮い立たせるため真っ赤なセーターを購入したことを覚えている。

 ≪頭上覆い尽くす「火の鳥」 圧倒、ただ圧倒≫

 現地に到着した夜のこと。泊まっていた民宿から外へ出ると、なんとオーロラが出ていた。

 風にそよぐようにゆっくりと揺らめくグリーンのカーテン。感動が全身を駆け巡った、と言いたいところだが、現実は違っていた。何の感動もなかったのである。初めて訪れた憧れの地で最初に見た大きくて明るいオーロラ。これで感動しないはずはないのであるが、実際には冷静に眺めていただけだった。

 もちろんオーロラのせいではない。原因は自分だ。翌日に控える大一番のことで頭がいっぱいで、とてもオーロラを楽しむ余裕がなかったのだ。そのときの映像は頭には残っているのだが、残念ながら心にはとどまっていない。

 一生の出合いを犠牲にしてまで臨んだ入学交渉はというと、肩すかしのような結果だった。あっさりと入学が認められたのである。どうやら最初の試験の点数しか確認していなかったらしく、2度目の点数を伝えるとすんなり合格となってしまった。7点足らなくてもオーケー、というおおらかさがあの時の自分にあれば、と今さらながらに思う。(写真・文:写真家 松本紀生/SANKEI EXPRESS

 ■まつもと・のりお 写真家。1972年生まれ。愛媛県松山市在住。立命館大中退、アラスカ大卒。独学で撮影技術やキャンプスキルを学ぶ。1年の約半分をアラスカで過ごし、夏は北極圏や無人島、冬は氷河の上のかまくらでひとりで生活しながら、撮影活動に専念する。TBS「情熱大陸」で紹介される。著書に「原野行」(クレヴィス)、「オーロラの向こうに」「アラスカ無人島だより」(いずれも教育出版株式会社)。日本滞在中は全国の学校や病院などでスライドショー『アラスカ・フォトライブ』を開催。matsumotonorio.com

ランキング