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あと何回、桜が見られるか? 三枝成彰

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あと何回、桜が見られるか? 三枝成彰

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あと何回、桜が見られるか?=2015年3月3日、神奈川県足柄上郡松田町・西平畑公園(大出一博さん撮影)  古来、桜の花は、その美しさとはかなさで、多くの日本人をひきつけてきた。日本人には四季の花々を愛でる風流心がむかしから備わっているが、中でも春の桜は、その開花と散りぎわが出会いと別れの季節に重なることもあって、格別の想いを持って眺められる花だろう。「サクラサク」。「サクラチル」。この一言を聞くだけで、メッセージを発した人に何があったか理解できる国民性は、世界でも珍しいのではないだろうか。

 桜の花の官能的ともいえる美しさは、ときに人を狂わせるというが、それはほんとうだと思う。小学生のころ、東京・世田谷の豪徳寺という場所に住んでいた。春、駅の近くに咲いた満開の桜に魅せられた。そして、「桜は一年に一回しか咲かないんだ。僕は死ぬまでに、あと何回、桜の花を見られるのだろう?」と考えた。

 年端もいかない小学生にそんなことを思わせるのだから、桜にはやっぱり不思議な力がある。

 さて、私がいままでに見た桜のうち、皆さんにもぜひ、一生に一回は見ていただきたい桜がある。京都・平安神宮の神苑の、例年、4月の第2金曜、土曜、日曜にしか一般公開されない紅しだれ桜だ。とくに夜がおすすめである。人によって印象はさまざまだろうが、私は初めて見たとき、死と退廃と性を感じ、底深い感動にとらわれた。

 日本に桜の名所は数かずあれど、この桜を抜きにしては語れないと思っている。皆さんのお好きな桜は、どこの桜だろうか。(エッセー:作曲家 三枝成彰(さえぐさ・しげあき)/SANKEI EXPRESS

 ≪花見を支えるクローン技術≫

 日本人はずっと昔から桜が好きだった。万葉集にヤマザクラの色香や散っていくさまを詠んだ歌がたくさんあることから分かるように、日本人は太古から野山に春を告げるヤマザクラを好んで鑑賞していた。

 ただ、ヤマザクラは花が咲くときに赤い若葉が一緒に広がるので、いわゆる葉桜になりやすい。この観賞用としての難点を品種改良の末に克服したのが、江戸末期に出現したソメイヨシノだ。ソメイヨシノは江戸の庭園文化を支えた庭師たちの拠点だった染井村(現在の東京都豊島区)で、吉野桜として売り出された。花が散りはじめるころに葉が広がるので、咲き始めのときに花だけを満喫できるし、成長も早い。このため、明治時代になると、またたく間に日本全国で植栽された。

 ソメイヨシノには、花見にぴったりの大きな特徴がもう一つある。それは、たくさんの木が同時に花を咲かせるということだ。国立森林総合研究所多摩森林科学園の勝木俊雄主任研究員の著書「桜」(岩波新書)によると、ソメイヨシノは接木(つぎき)によって増殖されるため、接(つ)いだ部分から上は親木と同じ形質を持つ。つまり、染井村から日本全国に広まったソメイヨシノは、すべての個体が同じ遺伝子を持つクローンなのだ。だから、一斉に咲いて一斉に散る。

 江戸時代の職人たちが育んだ品種改良のクローン技術は、いまも日本人の花見を支えてくれているのである。(佐野領/撮影:ファッションプロデューサー 大出一博/SANKEI EXPRESS

 ■おおいで・かずひろ ファッションプロデューサー、SUNデザイングループ代表、葉山文化園主宰。国内外の有名デザイナーのファッションイベントや、日本の伝統美を伝承するための着物ショーのプロデュースなどを手がける。プロデュースの仕事のかたわら、写真を撮り続け、阿久悠氏とのコラボレーション写真集『華-君の唇に色あせぬ言葉を-』(産経新聞出版)を2008年発刊。毎日ファッション大賞企画賞、FEC賞を受賞。

 ■さえぐさ・しげあき 作曲家。1942年、兵庫県生まれ。代表作にオペラ「忠臣蔵」、オラトリオ「ヤマトタケル」、映画「機動戦士ガンダム~逆襲のシャア~」、NHK大河ドラマ「太平記」「花の乱」。2004年、プッチーニの「蝶々夫人」を下敷きにしたオペラ「Jr.バタフライ」を世界初演。08年、プッチーニ国際賞を受賞。今年7月4、5日、軽井沢大賀ホールで「モーツァルト ピアノ・ソナタ全曲演奏会」を企画。

着る人:彩佳、東加奈子

ヘア:air

メーク:ワミレスコスメティックス

スタイリスト:ユキコ・グレン

衣裳:鈴乃屋(0)3・5807・6683。www.suzunoya.com

撮影地:神奈川県足柄上郡松田町・西平畑公園

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