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「母に会いたい」 元学生指導者、習主席に書簡

 1989年6月、中国で民主化運動を人民解放軍が武力弾圧した天安門事件の学生指導者だった熊●(=森の木を火に、ゆう・えん)氏(50)が最近、習近平国家主席(61)に宛てた公開書簡を発表し、注目を集めている。米国在住の熊氏は、病気で危篤状態の故郷の母親と面会するため、帰国の許可を求めているが、中国当局は拒否する構えだ。インターネットなどで「残酷すぎる」「帰国を認めるべきだ」といった意見が寄せられている。

 出国23年…危篤の知らせ

 北京の大学の学生だった熊氏は、学生の自治組織の幹部に選ばれ、天安門広場などでの抗議デモを組織する中心人物の一人となった。事件後、中国当局が公表した21人の指名手配犯の一人で逮捕、投獄された。服役中の92年、病気治療の名目で米国への出国が認められた。米大学で神学を学んだ熊氏は米国籍を取得し、現在は米陸軍専属の牧師を務めている。

 熊氏は今年2月、故郷の湖北省で暮らす母親が重いアルツハイマー病を患い、地元病院の医師から「余命は長くない」と宣告されたことを知った。母親を見舞いたいと米テキサス州ヒューストンの中国総領事館にビザを申請したが、発給を拒否された。天安門事件後に海外に亡命した民主化活動家に対し、中国当局は原則的に中国への再入国を認めない方針だ。

 帰国認めぬ当局に批判

 熊氏は4月11日、ネットを通じて習主席への公開書簡を発表した。「数十年来、母親にお茶の一杯も入れてあげたこともなく、心配ばかりかけた息子として今は申し訳ない気持ちでいっぱいだ」などとつづられた手紙の中で、「中国は孝道を重んじており、母親を思う気持ちは政治とは全く無関係だ」と強調し、帰国を許可するよう繰り返し懇願した。

 書簡が発表された5日後の16日、共産党機関紙、人民日報傘下の環球時報は要求を拒否する趣旨の社説を掲載した。熊氏が昨年、米国メディアの取材に応じた際、中国政府から違法組織と指定された気功団体、法輪功を支持する発言をしたことや、「中国は政治制度を変更すべきだ」と主張したことなどを例に挙げ、「今も中国を傷つける政治活動をやめていない」と断罪した。

 さらに、公開書簡の発表は「欧米メディアに迎合する政治ショーだ」と述べ、「帰国したければ、まずは反省と懺悔(ざんげ)をすべきだ」と強調した。

 母親との最期の別れをも認めない中国当局の反応に対し、ネット上には熊氏に同情する声が殺到した。「今の指導者たちは血も涙もない元紅衛兵集団だ」「反省と懺悔すべきなのは熊氏ではなく、民衆を武力弾圧した当局の方だ」といった書き込みが殺到した。削除されても、またすぐに書き込まれる状態が続いた。湖南省の民主化活動家、周偉氏や何家維氏らが湖北省の病院に駆けつけて熊氏の母親を見舞うと、ネット上で「勇気ある快挙」などと絶賛された。

 試される「法支配の強化」

 天安門事件後、海外に亡命した元学生指導者や学者は1000人以上といわれる。熊氏同様、国内に残る家族と長年会えないケースは多い。台湾に亡命しているウイグル人の元学生リーダー、ウアルカイシ氏(47)は、中国国内に暮らす年老いた両親に会うために、これまで中国側に何度か“出頭”を試みた。2009年に中国特別行政区マカオで入境を拒否され、12年には米ワシントンの中国大使館に出向いたものの、大使館側は対応を拒否した。

 中国国内の刑務所で服役した熊氏と異なり、天安門事件の直後に海外に逃亡したウアルカイシ氏の場合、今でも中国当局から「反革命宣伝扇動」の容疑で指名手配を受けている。本来ならば、出頭したウアルカイシ氏を逮捕して国内法に基づいて起訴すべきだが、中国当局は、風化しつつある天安門事件が再び注目を浴びることを懸念し、政治判断として入国拒否にした。

 北京の人権派弁護士は、昨秋に開かれた共産党の中央委員会で「法による支配の強化」を明記した「決定」が採択されたことを踏まえ、「『法による支配』を実施したいのが本当ならば、熊氏の一時帰国を認めることが大きな一歩になる」と語った。(中国総局 矢板明夫(やいた・あきお)/SANKEI EXPRESS

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