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豪インドネシア 死刑執行めぐり外交摩擦
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4月28日、オーストラリアのシドニーで、インドネシア政府に対して豪州人2人らの死刑執行を思い止まるよう求める集会に参加した人々。だが翌日、死刑は執行された=2015年(ロイター)
「人類が政治的ご都合主義による蛮行によっておとしめられた」。4月29日付豪紙シドニー・モーニング・ヘラルド(電子版)社説は、こんな見出しを掲げて、29日午前0時25分にインドネシアで執行された死刑を非難した。
銃殺刑に処せられた死刑囚は、薬物密輸などで死刑が確定していたオーストラリア人2人を含む外国人7人とインドネシア人1人。オーストラリアのトニー・アボット首相(57)が再三にわたり、インドネシアに死刑を執行しないよう訴えてきたが、インドネシアのジョコ・ウィドド大統領(53)は処刑に踏み切った。これを受け、アボット氏は抗議のため、駐インドネシア豪大使を召還した。
シドニー・モーニング・ヘラルドの社説は、インドネシア政府、とりわけジョコ氏が8人の処刑に関して「非難される立場にある」として、司法手続きの不備、死刑執行の方法、そしてジョコ氏が慈悲と思いやりという「人間として最も基本的な対応を示すことができなかった」ことの3点を挙げた。インドネシアが「多くの政治犯を殺害する中国や殺人犯を死刑にする米国と変わらない」とも毒づく。豪州は約30年前に全土で死刑制度が廃止されている。
ただ、社説はすでに悪化した両国関係をさらに悪くすることは避けるべきとのアボット首相の方針に賛同する。その上で「オーストラリアがインドネシアと対話を続けることで変化に向けて圧力をかけることができる」とし、「オーストラリアは、インドネシアの司法制度の強化支援と、死刑制度が無益で非人道的であることをインドネシア国民に教育する努力を加速するべきだ」と唱える。
インドネシア側が容易に受け止めるような内容ではないが、社説はこうした取り組みをテコにオーストラリアは死刑制度廃止のために国際機関を活用して死刑制度を持つ国に圧力をかけるべきとしている。
一方のインドネシアは、ジョコ政権が死刑を執行したことをおおむね評価している。インドネシアの薬物問題が深刻化していることが背景にある。4月30日付のインドネシアの英字紙ジャカルタ・ポスト(電子版)は「汝の隣人の法律を尊重せよ」とする社説を掲載。社説は「この問題は死刑制度に反対する国々と、今でも制度を維持している国々との間の典型的で正反対の話である」との認識を示した上で、「どの国も国益を踏まえて外部からの圧力に対応する。
同様にオーストラリアは自国に入ろうとした難民船を追い返さないよう求めた国際社会の要請を無視したことがあったが、それはアボット政権がその判断が国益にかなうと判断したためで、(死刑をめぐる判断は)ジョコ政権も同じなのだ」と反論した。死刑制度についても「適正な手続きによって作られた政策はどんなに完璧でないとしても、尊重されるべきである」として、インドネシアの立場を擁護した。
意見が対立する中で、死刑制度を維持するシンガポール紙のストレーツ・タイムズは4月30日付(電子版)で、両首脳の置かれた立場を解説する識者の論評を掲載した。
論評は今回の死刑執行の責任はジョコ氏にあるとして「ジョコ氏が対応を誤ったのは彼が国内で政治的に弱いからだ。もっと強力であったならば、1年に最大60人を処刑する計画について国際的な意味合いをもう少し検討できたはずだろう。というのも、処刑される大半はインドネシア人でないのだから」と指摘。
一方でアボット首相についても「彼がもっと政治的に強ければ、豪メディアを使ってインドネシア大統領と対話するようなことはしなかっただろう。また、2004年のスマトラ沖大地震とインド洋大津波の被災地への豪州からの支援への返礼として豪州人2人の死刑執行停止の要求を提案するような不器用なことはしなかっただろう」と分析し、今回の死刑問題が双方の政治指導者の弱さとも重なって両国関係の冷却化に至ったとの見方を示した。
また、論評は豪州が死刑制度の問題でインドネシアを追い込めば、頻繁に死刑を執行している中国に向きかねないとして、「豪州はそんな結果を欲していない」と過剰な対応に警鐘を鳴らす。両国関係が緊密化し、互いに貿易や観光などでメリットを受ける部分が多いだけに、論評はインドネシアに強圧的な態度を取りかねない豪州に自制を呼びかけている。(国際アナリストEX/SANKEI EXPRESS)