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社会
残虐行為どう伝える 渡辺武達
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イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」が1月20日にインターネット上で発表した映像声明。左は後藤健二さん、右は湯川遥菜(はるな)さん=2015年(動画投稿サイト「ユーチューブ」より)
イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)と世界各地に広がったその同調者たちの暴虐行為がとどまるところを知らない。ISは、人質にした湯川遥菜(はるな)さんとフリージャーナリスト後藤健二さんを殺害したとする写真と映像を公開したほか、ヨルダン軍のパイロット、カサスベ中尉を焼き殺す映像や、リビアでエジプト人のキリスト教徒を集団で殺害する映像も公開し、残虐ぶりを世界に喧伝(けんでん)している。
欧米メディアの多くは、この過激組織を「Islamic State」の呼称で、日本のメディアは「イスラム国」との呼称で報道しており、イスラム教関係者から、「イスラム教への偏見を生む」「あたかも国家として印象付けている」との批判が噴出。呼称の見直しを求める声が高まっている。今回は、メディアが広めるイメージという視点から、IS問題を考察しておきたい。
多くの識者が指摘するように、現在のISの問題は、2003年に米軍の空爆によって始まったフセイン政権打倒のイラク戦争から始まっている。ISの政治的活動を担う「官僚」の多くがフセイン政権の残党で、彼らは恐怖による統治技術にたけている。
焼き殺すというヨルダン軍パイロットの殺害方法は、イスラム教の一般的な教義では許されない残虐行為だ。また、人質が殺害に時に着せられていたオレンジ色の着衣は、米軍による捕虜虐待が報告されたイラクのアブグレイブ刑務所で、イラク人捕虜が着せられていたものをまねたとされる。ISのやり方は、「敵」のやり方のアナロジー(類似行為)といえる。
パイロット殺害の報復として死刑が執行されたイラク人の女テロリスト、サジダ・リシャウィ死刑囚は、その兄弟3人が米軍に殺害され、夫とともにヨルダンであの自爆テロ攻撃に加わったという。こうした怨念の構図は、イスラエルとアラブ諸国との対立のほか、キリスト教徒の十字軍遠征の記憶ともオーバーラップし、報復の連鎖を生んでいる。
こうした残虐行為について報じるメディアの役割について、イラク戦の際、バグダッドに最後まで残って空爆映像を送り続けた米ジャーナリストのピーター・アーネット氏(79)は「戦禍で誰かが苦しんでいるときその背後でほくそ笑んでいる者がいる。それを報じるのがジャーナリズムの責任でもある」(拙著『メディアリテラシーとデモクラシー』参照)と指摘している。
そうした中で今月3日、名古屋市立小学校の5年生の授業で、担任教諭がISに殺害されたとされる湯川さんと後藤さんの遺体画像を児童36人に見せていたことが名古屋市教委の発表で分かった。「情報を生かす私たち」をテーマにした社会科の授業で、教諭は事前に「見たくない人は見なくていい」と説明したという。地元新聞の報道によると、小学校の近くの住民からは「小さい子供がいるが、将来、そんな学校に入学させるのは不安」と疑問視する声が上がっているという。
表面的に見れば、担任教諭の行為は、配慮を欠いたものと言わざるを得ないだろう。しかし、戦争の実相をどのように教え、どのようにしたら戦争を止められるかという視点で、市民感情を形成する報道のあり方について考え直すべきだろう。ヨルダンではパイロットの殺害映像が国民の戦意高揚のため街頭で公開され、米国でも大手メディアの1社がネットで公開している。日本でも、子供たちの多くは、残酷な戦闘シーンのあるゲームにすでに参加しているし、彼らの少なからずが、ネットで殺害映像や画像を見ている。その現実を無視した議論をしていても始まらない。(同志社大学社会学部教授 渡辺武達(わたなべ・たけさと)/SANKEI EXPRESS)