SankeiBiz for mobile

預言者風刺画は弱者への蔑み 渡辺武達

ニュースカテゴリ:EX CONTENTSの社会

預言者風刺画は弱者への蔑み 渡辺武達

更新

イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画が掲載された「シャルリー・エブド」を購入する男性=2015年1月14日、フランス西部レンヌ(AP)  【メディアと社会】

 イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載してきたフランスの週刊紙「シャルリー・エブド」のパリの本社で起きた銃撃テロ事件は、メディアの表現の自由がどこまで許されるのかという世界的な議論を巻き起こした。日本でも、事件後に発行された最新号のムハンマドの風刺画を転載するかどうかの対応が、新聞社によって分かれた。

 現地のフランスでは政府と民衆が一体となって全土で約370万人が参加した大抗議デモが行われ、日本を含む自由主義諸国政府も、反テロリズムで足並みをそろえている。一方、イスラム諸国やイスラム教指導者らはテロに反対したながらも、ムハンマドを描くことは教義で許されないとしてシャルリーとその賛同者を非難している。

 自由と責任あってこそ

 この問題は、健全な人間社会を維持していく上で情報環境の確保が不可欠であり、そのためには「自由で責任あるメディア」の確立が欠かせないという言論・表現の根本に関わる。にもかかわらず、議論の多くが全体構造の一部だけを取り上げ、これまでと同じ議論が繰り返されているように思える。

 2005年9月にも、デンマークの日刊紙「ユランズ・ポステン」が、ムハンマドの風刺画12枚を掲載。デンマークの在外公館などにに猛烈な抗議活動が巻き起こった。この事件をめぐり、翌年春にデンマークの大学などが歴史の教訓とするため、3日間の国際会議を開催し、筆者はアジアヨーロッパ財団に依頼されて出席し、講演した。

 筆者はそこで、メディアの「自由」と「責任」はどのように調整されるべきかについて述べ、それは会議による提言の一つ「自由で責任あるメディアの確立」「メディアの積極的公正中立主義」として盛り込まれた(拙著『メディアリテラシーとデモクラシー』参照)。

 当時のデンマークは北欧諸国のなかで、もっとも熱心に米軍のイラクでの活動を支持し、軍隊も送り込んでいた。掲載された風刺画を描いた作家も、イスラム批判の急先鋒であった。

 一方、シャルリー・エブドは1960年代後半に世界中で吹き荒れた学生運動を背景に誕生しており、目の前の権威を倒すことに重きを置いていたという。ところが、今では「面白ければ、売れれば…」という傾向が強くなっていると、在仏の知人たちが伝えてきている。

 問うべきは「社会構造」

 筆者は75年春のレバノン、シリア訪問以来、アラブ諸国を数十回訪れている。その経験からいえば、アラブ諸国の多く知識人は、西洋列強の植民地政策で国境が人工的に作られ、いまなお国民の利益が西洋企業と王族ら搾取されていると考えている。イスラム教徒がキリスト教徒の十字軍によって少なくとも100万人以上殺害されたことも忘れていない。

 正しいかどうかは別にして、搾取の構造によって貧困がなくならないという思想が現地には根強くある。今回の襲撃事件の犯人とされる兄弟はフランスの旧植民地アルジェリアの出身だという。そのアルジェリアが宗主国から独立したのは62年。独立させまいとするフランスは特殊部隊を使って現地住民の指導者の殺害を含む妨害を行ったことは、歴史家であれば誰もが知っていることだ。

 シャルリー・エブドの風刺画は、弱者への傲慢な蔑みの表現と受け止められてもやむを得ない。他人の命を突然に奪うテロが許されないことはもちろんだが、こうした「ポリティカル・エコノミー(社会構造)」の議論を抜きに、「メディアの自由」を論じても、同じことが繰り返されるだけだ。(同志社大学社会学部教授 渡辺武達(たけさと)/SANKEI EXPRESS

ランキング