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はかなさや無情さ染みる舞台に 舞台「夜想曲集」 東出昌大さんインタビュー
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俳優が天職かどうかは「分からない。でも真摯(しんし)に仕事をしていきたい」と話す東出昌大(ひがしで・まさひろ)さん=2015年4月16日、東京都世田谷区(宮川浩和撮影) 英作家カズオ・イシグロの短編集「夜想曲集」が舞台化され、俳優の東出昌大(ひがしで・まさひろ、27)が初舞台を踏む。旧共産圏出身のチェリストを演じ、周囲の人々の人生と音楽が交錯する様子を描く物語。人生の夕暮れに直面し、次の段階に「踏み出すか踏み出さないか」で揺れる姿が詩的に語られていき、「繊細で、はかなさや無情さが後から『ぱーっ』と染みて広がる」と、丁寧に演じようとしている。
「夜想曲集」は2009年に発表された5編の短編集で、今回はうち「老歌手」「夜想曲」「チェリスト」の3編を1つの物語に再構成した。東出が演じる東欧出身のヤンが奏でるチェロを軸に、さまざまな事情や秘密を抱えた人々に起きる出来事を、ベネチアやビバリーヒルズなどを舞台に描く。脚本・長田育恵、演出・小川絵梨子。
登場するのは往年の名歌手トニー(中嶋しゅう)と妻のリンディ(安田成美)、売れないサックス奏者(近藤芳正)、高名な米音楽家(渚あき)ら。競争の激しい米国の消費社会を背景に、傷みを伴う決断をする人物も登場する。作品のテーマは現状から「踏み出すか、踏み出さないか」だと演出の小川は言う。
その世界観は、ヤンをはじめ、芸術と人生との葛藤に悩む登場人物に投影される。「外の世界に出れば傷つき評価もされて怖い。今のままでいる方が楽。そんな誰もが持つ問題が、舞台とリンクすれば共感してもらえるはず」と小川。
モデルを経て映画で俳優としてデビューした東出は、今回が初舞台で初主演となる。「いつか舞台はやりたいと思っていた。でもいきなり客席700人以上の大ホールで、こんな繊細な芝居をやるなんて」と最初は戸惑った。ただ原作には強く引かれた。「『愛している』とはっきり言わなくても、その裏にある苦悩や人生の深さを感じた。舞台はそのまま戯曲になっていて、すてきです」
ヤンは東欧とチェロという、物語に郷愁を呼び起こす要素を持ち、登場人物の行動を受け止める中心的存在。舞台では観客に一番近い役柄でもある。とはいえ傍観者でもなく、心情を出すのはとても難しい。
故郷を離れ、チェロを弾きながら明日を模索するヤンの姿に、東出は「無情さと希望の両方を感じる」と話す。素朴で無知、旧共産圏出身であるがゆえのコンプレックスも持つ。「映像のように、瞬き一つで情感が変わる細かい芝居になる気がして心配でした。でも舞台で、その人物として生きていけば伝わるものだと今は考えています。発声はマイクなしですが、何とかなりそう」と笑う。
役作りは常に「しないと不安」と徹底的に取り組む。「行ったことがない」東欧の現地事情は、ベルリンの壁が崩壊した直後のドイツを描いたコメディー映画「グッバイ、レーニン!」を見るなどして研究。未経験だったチェロは専門家について練習中、「難しいです」とやや苦戦気味だ。
妻は女優の杏(29)、義父は渡辺謙(55)。「家族と仕事の話をすることはあまりない。苦労を知っている人たちなので、余計なことも言われない」と言葉少なに話す。いつか「三島由紀夫の作品に出演するのが夢」と、当面は俳優業に集中する構えだ。(文:藤沢志穂子/撮影:宮川浩和/SANKEI EXPRESS)