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【日本遊行-美の逍遥】其の十九(東大寺・奈良市) 万民の幸せ願う「修二会」
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3月12日深夜、若狭井(わかさい)からお香水を汲み上げる儀式「お水取り」が行われる。練行衆(れんぎょうしゅう)の道明かりとして、大きな松明(たいまつ)に火がともされる=2015年3月11日、奈良県奈良市の東大寺(井浦新さん撮影) 毎年3月、東大寺二月堂で行われる「お水取り」。正式には「修二会(しゅにえ)」と呼ばれ、十一面観音に過ちを悔い、その功徳(くどく)によって万人の除災招福を祈る法会(ほうえ)を指す。
「お水取り」と聞けばまず、大松明(おおたいまつ)が、登廊を経て二月堂の欄干上に姿を現し、火の玉となった松明が通り抜ける風景を思い出す。今年3月12~14日に「修二会」の一部に触れる機会に恵まれた。荘厳かつ幻想的な風景の背後にある1カ月近くにおよぶ法会の存在を実感することができた。
「修二会」の始まりは、大仏開眼(かいげん)の年にあたる752(天平勝宝4)年、東大寺の開山、良弁僧正の高弟であった実忠和尚(じっちゅうかしょう)が始めたものとうかがい、長い時間の連なりに驚く。この「修二会」の一部として、「お水取り」は始まった。
「お水取り」の発生にちなんだ故事が面白いので紹介したい。実忠和尚が、「修二会」の「六時」(後述)の行法を始めた当時、「神名帳」を読んで全国の神々を二月堂に勧請(かんじょう)した。諸国の神々が競って二月堂にやってきたが、若狭の遠敷明神(おにゅうみょうじん)だけが、釣りに興じるあまり遅刻してしまった。遅れたおわびとして、閼伽(あか)水を献納すると約束した。その瞬間、白と黒の二羽の鵜(う)が磐石を割って地中から飛び出し、2つの穴から甘泉が湧き出して香水が充満したので、石で囲って閼伽井(あかい)とした。現在、二月堂の下にある若狭井(わかさい)という井戸がそれであり、以後毎年3月12日の夜半すぎに、香水をくんで観音菩薩にお供えすることになった。そこから「お水取り」が生まれたというのである。神々の人間味あふれるエピソードは、どことなくユーモラスで、ほほ笑ましさすらある。
≪壮絶な祈り 1250年間絶えることなく≫
この法会の意味は、人間の貪欲、瞋恚(しんに)、愚痴の三毒は、さまざまな罪を生み、それが心の穢(けが)れとなって蓄積され、正しいことが見えなくなる。そこでその罪障をざんげし、清浄な身心を得ることで、禍や災難を取り除き、幸福を招こうというのである。
行事を行う練行衆(れんぎょうしゅう)は、みずからの罪障はもちろん、全ての人々の罪過も代わってざんげする、いわば観音菩薩と人々のあいだの媒介者の役を果たす。したがって、「修二会」に携わる練行衆が強い覚悟を持ち、長期にわたる法会を乗り越えるには、日々の心身の鍛錬が必要だ。僕の心を強くとらえたのはその練行衆の姿だった。
「修二会」は2月20~28日までの前行(準備期間)と、3月1~14日までの本行とに分かれる。修二会は、練行衆が普段の生活を断ち切って精進し、心身を清める期間。身につける紙衣(かみこ)や差懸(さしかけ)という特殊な履物を整えたり、「花ごしらえ」と呼ばれる、須弥壇(しゅみだん)を荘厳するための椿の造花をつくるのもこの時期だ。総別火(そうべっか)になると、練行衆は大広間に集まって起居寝食をともにし、茶湯は制限され、私語も許されず、暖は廊下の火鉢のみ。2月下旬の厳しい寒さのなかの行は並大抵ではない。
こうして14日間にわたる本行に入っていく。「六時の行法」といわれるように、一日が日中、日没、初夜、半夜、後夜、晨朝の六時に分けられ、「散華行道(さんげぎょうどう)」「称名悔過(しょうみょうけか)」「五体投地」など、激しい所作を伴う行法が毎日欠かすことなく繰り返される。
一日一食、心身にとってかなりきつい行事に明け暮れる。「南無観(なむかん)、南無観、南無観」と繰り返される宝号。身体を投げ打つ音、そして静寂。寒さの中、身を酷使し、すり減らして祈り続けるのだ。
よく知られているのが「達陀(だったん)」と呼ばれる火と水の行法だ。3月12~14日の後夜の終わりに、火天役と水天役の練行衆が対になり、火天役は堂内で大松明を、人々の煩悩を焼き尽くさんとばかりに打ち振り引き廻(まわ)す。最後に大きな松明が礼堂の床板に打ち据えられると、膨大な火の粉が飛び散る。その様子は、華麗かつ幻想的だ。
修二会の行法は、14日の夜半に終わる。全身を酷使し、声を出し続け、炊き上げるすすで身を黒く染めながら、消耗しきった練行衆は、この「修二会」を終えた後、どのような思いを抱くのであろうか。
1250年もの間、戦火の中でも一度も欠かさず、この「修二会」は執り行われてきた。自らをささげ、万民の幸福を願うという強い動機は、「不退の行法」と呼ばれる由縁だろうか。その命がけの壮絶な祈りの姿は美しく、同時に長きにわたり願われてきたものの重みを感じた。(写真・文:俳優・クリエイター、京都国立博物館文化大使 井浦新(いうら・あらた)/SANKEI EXPRESS)
NHK「日曜美術館」の司会を担当。2013年4月からは京都国立博物館文化大使に就任した。一般社団法人匠文化機構を立ち上げるなど、日本の伝統文化を伝える活動を行っている。カメラを手に32カ国をめぐるNHKBSプレミアムの現代史紀行ドキュメンタリー「井浦新アジアハイウェイを行く」に出演中。