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【アメリカを読む】TPA法案 上院可決の舞台裏
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連邦議会議事堂で記者会見を開き、貿易促進権限(TPA)法案の重要性を訴える共和党のミッチ・マコネル上院院内総務(中央)ら超党派の議員たち=2015年11月19日、米国・首都ワシントン(ロイター) 米上院は22日、大統領に通商交渉の権限を委ねる貿易促進権限(TPA)法案を賛成多数で可決した。
自由貿易に前向きな共和党と慎重な立場をとる民主党は4月16日の法案提出以降、政治バトルを展開。共和党にとって最大のハードルだった民主党による議事進行妨害(フィリバスター)を阻止する21日の投票では、産業界のトップやバラク・オバマ大統領(53)も巻き込んだ多数派工作が繰り広げられた。「めったに見られない劇的な展開」(米紙ワシントン・ポスト)となった一幕は、ひとまず昨年の中間選挙で上院での多数派を奪回した共和党に軍配が上がって幕切れとなったかたちだ。
21日午前、TPA法案の審議打ち切りの是非を問う投票が始まった上院本会議場の中央で、共和党のミッチ・マコネル上院院内総務(73)ら賛成派が数人の議員を相手に最後の説得を続けていた。この時点での投数は賛成54票に対して反対38票。残り8人のうち3人が反対票を投じれば、最終的な法案の採決に進めない状況に陥ってしまう。
しかし議員たちの輪が解けた直後、次々と入り始めたのは賛成票だった。約40分にわたった投票の結果は賛成62、反対38。議事進行妨害阻止に必要な賛成60票の確保が確定した。マコネル氏は投票後、「重要な法案を前進させることができてとても幸せだ」と笑顔をみせ、TPA法案反対の論陣を張ってきた民主党のハリー・リード上院院内総務(75)は言葉少なに本会議の中断を求めただけだった。
この日の投票で最後の8つの賛成票を投じたのは民主党から6人、共和党から2人。米メディアはこの8人を動かしたキーマンとして意外な人物の名前を挙げる。米航空機大手、ボーイングのジム・マクナーニー最高経営責任者(65、CEO)だ。
ボーイングの米議会への要望は2つ。1つ目はアジア太平洋地域でのビジネスチャンスにつながる環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の実現。2つ目は6月末に認可の期限が切れる米輸出入銀行の存続延長だ。輸出入銀の存続には「小さな政府」を志向する共和党内での反対が強いが、米国の輸出相手への融資保証を手がける輸出入銀はボーイングにとってビジネスのカギを握る。
米メディアによると、マクナーニー氏は21日朝、最後の8人のうちのマリア・キャントウェル上院議員(56)=民主党=と面会。前日にはパティー・マリー上院議員(64)=民主党=とも会っている。2人はボーイングが本社を構え、約8万人の雇用を生み出すワシントン州の選出で、ボーイングから政治献金を受けとっている立場にある。
キャントウェル氏らはマコネル氏との最後の交渉の場で、民主党指導部の意向に反してTPA法案に賛成することと引き換えに、輸出入銀の存続延長への協力を要請。マコネル氏がこれに応じた。キャントウェル氏は賛成票を投じた後、「マコネル氏は輸出入銀の存続延長問題を上院で投票にかけることを約束した」と明らかにした。
また最後の8人の中にはボーイングが工場を持つサウスカロライナ州選出のリンゼイ・グラム上院議員(59)=共和党=も含まれる。グラム氏も投票後の声明で、「今日ほど輸出入銀の存続についてよい感触が得られたことはない」と表明。ボーイング側も「グラム氏らは輸出入銀の重要性を理解している」と称賛した。
この投票にはTPP合意に不可欠とされるTPAを後押ししてきたオバマ氏も一役買った。オバマ氏は投票が始まった後、議場にいたキャントウェル氏に電話をかけ、輸出入銀存続に向け下院に圧力をかけることを約束。21日の投票後には、記者団に対して「超党派の議員団が大きな一歩を踏み出したことに感謝したい」と述べた。
上院での政治バトルは共和党による民主党の切り崩し工作が成功し、今後の焦点は下院での審議に移る。しかし2年ごとに選挙戦にさらされる下院では、民主党議員はTPAに慎重な立場を取る労働組合の意向を強く受けるため、切り崩しは容易ではないとの見方が多い。それどころか、オバマ氏に権限を一任することに抵抗を感じる共和党の強硬派から40~80人程度の「大量造反」が出るとも予想されている。
上院での戦いを制した共和党も勝利の美酒に浸っているヒマはない。TPA法案をめぐる政治ドラマはしばらく続きそうだ。(ワシントン支局 小雲規生(こくも・のりお)/SANKEI EXPRESS)