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【アメリカを読む】どこまで続くか クリントン氏の曖昧戦術
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米ニューハンプシャー州キーンの玩具・家具工場で、従業員らと対話集会を行った後、メディアの質問攻めにあうヒラリー・クリントン前国務長官(右)。返答はよどみないが、その内容は明瞭とは言い難い=2015年4月20日(ロイター) 2016年の大統領選に出馬表明した民主党のヒラリー・クリントン前国務長官(67)が環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への賛否に曖昧な立場をとっている。1期目のオバマ政権下でTPPの立案や推進に関わってきたクリントン氏は当然、大統領候補としてもTPPに賛成するのが筋のはず。しかし民主党の支持基盤である労働組合などリベラル派がTPPへの反発を強めていることを受け、TPPには深入りしない判断に傾いているもようだ。一方、保守層はクリントン氏に態度を鮮明にするように圧力をかけており、クリントン氏が難しい舵(かじ)取りを迫られる局面も想定される。
「どんな自由貿易協定でも、雇用増や賃上げ、経済の繁栄、安全保障の確保を実現せねばならない」。クリントン氏は21日、大統領選予備選での重要州であるニューハンプシャー州で開かれた政治集会で、出馬表明後初めて通商問題への態度を口にした。しかし内容はあくまで一般論にすぎず、TPPへの賛否は示さなかった。
クリントン氏はかつてオバマ政権下の国務長官としてアジア重視戦略を打ち出した。その戦略の中核として位置づけられるのが、アジア太平洋地域で見込まれる高い経済成長を米国の成長につなげることを目的としたTPPだ。クリントン氏は国務長官時代は「TPPは自由で透明性が高く、公平な貿易に道を開く黄金律だ」と訴えてきた。
そのクリントン氏が大統領候補としてはTPPに曖昧な態度を取っているのは、民主党の支持基盤である労働組合などリベラル派がTPPへの反発を強めているからだ。米労働総同盟・産業別組合会議(AFL-CIO)のリチャード・トラムカ議長(65)は20日、ワシントン市内で開かれた反TPPデモの参加者を前に「悪い貿易は雇用を殺す」とアピール。AFL-CIOは米議会がTPP合意に不可欠とされる大統領貿易促進権限(TPA)法案の審議を進めていることを踏まえて、全議員への政治献金を凍結するなどして圧力をかけている。
またクリントン氏の対抗馬として名前が挙がる大統領候補たちもTPPへの反発を強めている。民主党と連立する無所属議員のバーニー・サンダース上院議員(73)は20日のデモでのスピーチで、TPPによって米国の労働者は低賃金国との競争にさらされると指摘。「TPPは労働者に破滅的な結果をもたらす」と主張した。米メディアによると、マーティン・オマリー前メリーランド州知事(52)も支持者らへのメールで、「TPPのような悪い自由貿易協定に反対することは私にとっては常識だ」として、TPPへの反対を鮮明にしている。
クリントン氏は民主党支持層から圧倒的な支持を受けており、サンダース氏やオマリー氏が直接の脅威になるわけではない。ただし国務長官時代と同様にTPP推進を口にしてしまえば、労組などリベラル層を失望させてしまうことは確実。そうなれば16年の大統領選本選で、共和党候補に足下をすくわれることにもなりかねない。政治アナリストからは「クリントン氏は可能な限り長い期間、TPPへの賛否を示さない態度をとるだろう」との見方が出ている。
クリントン氏の自由貿易に対する対応はこれまでも一貫性を欠いてきた。夫のビル・クリントン元大統領(68)が実現させた北米自由貿易協定(NAFTA)についてはファーストレディーとしては支持。しかし00年の上院選や08年の大統領選では「NAFTAには問題がある」とも発言した。態度の変化の裏側に今回と同様のリベラル派への配慮があることは明らかだ。
一方、共和党などの保守派は、クリントン氏はTPPへの態度を鮮明にすべきだと圧力をかける。保守系の米FOXニュースは「曖昧な態度はクリントン氏が政治を弄しているとの批判を高める」と指摘。保守派にすれば、クリントン氏がTPP賛成を打ち出せばリベラル層を失望させ、TPP反対を打ち出せば国務長官時代との矛盾が明るみに出るだけに、どちらに転んでもクリントン氏の失点になるとの読みがあるとみられる。
クリントン氏の曖昧な態度への不満は、クリントン氏をTPP反対の陣営に取り込みたいリベラル派の間でも高まっている。今後、リベラル派から大統領候補が正式に名乗りを上げることになれば、クリントン氏の曖昧戦術が限界を迎える可能性も出てきそうだ。(ワシントン支局 小雲規生(こくも・のりお)/SANKEI EXPRESS)