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普遍的な意義、美しいメロディー 「マタイ受難曲と宗教音楽の魅力」 月刊音楽情報誌「モーストリー・クラシック」9月号
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宗教音楽の大家でもあるバッハ(Elias_Gottlob_Haussmann作、提供写真) キリスト教を題材にした宗教音楽は決して難しくはない。一つの宗教を超えて普遍的な意義を持ち、そのメロディーは美しさにあふれている。だからこそ、宗教音楽は教会を出て、コンサートホールに多くの聴衆を集めるのだ。モーストリー・クラシック9月号は「マタイ受難曲と宗教音楽の魅力」を特集している。
「マタイ受難曲」は、バッハのもっとも有名な作品の一つ。この曲は、新約聖書「マタイによる福音書」をもとに、捕縛され、裁判にかけられ磔にされたキリストの受難を描いている。1727年4月11日、バッハがカントル(楽長)を務めていたライプチヒの聖トーマス教会で初演された。
2つのオーケストラに2つの合唱、ほかに福音史家(エヴァンゲリスト)を歌うテノール、イエス役などソリストがいる。通常は69曲からなり、上演は約3時間に及ぶ大作だ。
多くの作曲家が受難曲を書いたが、バッハ研究の礒山雅氏は「その巨大さ、徹底性、掘り下げなどの点で、バッハの受難曲は突出したものだ。私見では、受難という出来事と向かい合う真剣さが、バッハにおいて断然高い、と感じられる」と記している。
「マタイ受難曲」は、バッハの死後、忘れられていたが、1829年、作曲家メンデルスゾーンが復活上演し、今日につながる再評価のきっかけとなった。
礒山氏は「(「オリーブ山での預言」「ゲッセマネの園」)どちらにおいても示されるのが、受難の真の原因はわれわれの心の中にこそあり、それを何よりも自覚したい、という考え方である。私は宗教宗派を超えて、こうした考え方を尊敬する。なぜなら常に外側に犯人捜しをして内面を顧みないのが、現代においても変わらない、人間の傾向だからである」とする。
宗教音楽の中の一つのジャンルに死者のためのミサ曲「レクイエム」がある。ヴェルディ、フォーレらとともに「三大レクイエム」の数えられるのが、モーツァルトの「レクイエム」。「この曲が存在することを、神とモーツァルトに感謝せずにはおれない。不朽の傑作」(音楽評論家、國土潤一氏)という作品。
モーツァルトが作曲依頼を受けたのは1791年8月。しかし、その年の12月5日、35歳の若さで亡くなった。体調が悪い中、死の前日まで作曲を続けていたが、未完に終わった。
作曲依頼の使者は背が高く灰色の服を着て、依頼者の名前を明かさなかった。使者は死の世界からで、モーツァルトは自分自身のための「レクイエム」を作曲していた、という“伝説”が一時広まった。こんなエピソードとともに聴く「レクイエム」は感慨深い。
19世紀になると、宗教音楽が教会の外で盛んに演奏されるようになる。たとえば、ベルルオーズの「テ・デウム」(神を賛美する聖歌)は、パリ万国博覧会の開幕記念行事の一環として初演された。ブラームスの「ドイツ・レクイエム」の部分初演はウィーン楽友協会のコンサートでだ。
宗教音楽はかび臭い古い音楽ではない。イギリスのブリテンは「戦争レクイエム」を作り、昨年の高松宮殿下記念世界文化賞の受賞者アルヴォ・ペルトには「ヨハネ受難曲」がある。中村孝義・大阪音大教授はペルトの作品について「現代という複雑怪奇な時代に疲れた魂に平安をもたらすものとして、偉大な宗教性を獲得している」という。(月刊音楽情報誌「モーストリー・クラシック」編集長 江原和雄/SANKEI EXPRESS)