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選手と観客 一体感が原動力に 佐藤真海

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選手と観客 一体感が原動力に 佐藤真海

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新国立競技場についてのアスリートからのヒアリングで遠藤利明五輪相(左)と握手をするパラリンピック陸上選手、佐藤真海(まみ)さん=2015年7月30日、東京都千代田区(共同)  【パラリンピアン・ライフ】

 「パラリンピックで、私が最高の思い出を持ち帰ることができたのは、満員のスタジアムでパフォーマンスを発揮できたからだと思います。『素晴らしい競技場とは』と振り返ったとき、まず大切なことはアスリートがベストなパフォーマンスをできることです。そして、そのことを観客の皆さんが楽しめること。この2つが合わさってこそ、良い競技場になるのではないでしょうか」

 視線の先で、遠藤利明五輪相は私の言葉にじっくりと耳を傾けてくださりました。スーツの内側ポケットから取り出した小型のノートに、メモも取ってくださいました。

 7月30日。国会議事堂や首相官邸と目と鼻の先にある内閣府の大臣室に招かれました。

 建設計画が白紙に戻った2020年東京五輪・パラリンピックのメーンスタジアムとなる新国立競技場(東京都新宿区)の新たな計画策定に向け、遠藤五輪相が有識者やアスリートたちから実施したヒアリングの「第1号」に指名されたのです。

 4月に息子が生まれ、産休・育休で仕事を休業中で、大勢のメディアの前に出るのも久しぶりのことでした。ともに大会招致を勝ち取った“同志”でもある遠藤五輪相だからこそ、アスリートとして、そしてパラリンピアンとして、「自分の経験が少しでも役に立つことができれば」と思い伺いました。

 20年の東京大会は、猛暑のこの時期に開催されます。本番前のウオーミングアップや移動などでもアスリートにとって厳しい環境が予想されます。「サブトラックに木陰はありますか」「アスリートだけでなく、観客の皆さんの暑さ対策は十分ですか」。遠藤五輪相にたくさんの疑問を投げかけました。

 競技場は「象徴」

 大会開幕まで5年という節目のいま、新国立の白紙撤回が暗い影を落としています。

 「アスリート・ファースト」「パワー・オブ・スポーツ(スポーツの力)」。みんなが共通の言葉を胸に結束した招致のときの「オール・ジャパン体制」のエネルギーは、いったいどこへ消えてしまったのでしょうか。世間からスポーツや五輪・パラリンピックへの嫌悪感すら抱かれかねない事態は、残念でなりませんでした。

 メーンスタジアムは、アスリートにとって大会の象徴的存在です。そして、観客をはじめ、誰もが行きやすい場所でなければなりません。

 開会式から閉幕式まで、選手たちはスタジアムにある聖火を目にします。そして、聖火を見上げ、「よーし、頑張るぞ」と気持ちを盛り上げて本番に臨むのです。そんなアスリートたちの姿に、満員の観客が大歓声で応えてくれます。

 スタジアムの一体感こそが、アスリートにとって最高のパフォーマンスを発揮する原動力にもなるのです。

 アテネ、北京、ロンドンと3大会を経験しました。記憶にあるのは、スタジアムの中の「感動」です。もちろん、国を挙げての大会ですから、スタジアムのデザインから凝って造ることは悪いことではありません。

 でも、直近のロンドン大会のメーンスタジアムですら、実は外観についてあまり記憶にありません。思い出すのは、熱狂してくれた観客の皆さんとともに味わうことができた高揚感なのです。

 ハードよりソフト

 同じ時期に出産したママさんたちと、「2020年には、自分たちの子供が5歳になっているね」と、5年後を楽しみにする会話で盛り上がっています。

 日本はきっと、世界に誇れるスタジアムを造ると信じています。技術的なことは専門家の皆さんにお任せするしかありませんが、招致の原点に戻って、アスリートの声を大事にしてほしいです。新国立の問題でいったん足を止めたことが、「アスリート・ファースト」に戻るきっかけになればと願っています。

 完成するスタジアムは、20年大会が終わった後も「スポーツの力」が持続できる場所として、後世に残すべきだとも考えています。

 そのためには、小さな子供もお年寄りも、障害がある人も、みんなが利用しやすく、誰もが足を運べる環境でなければなりません。本当に大切なのは「ハード面」よりも「ソフト面」です。これは新国立に限ったことではないと思います。20年大会を考える上で、そのことを忘れることなく、国民みんなで素晴らしい大会を目指して歩んでいきたいです。(パラリンピック陸上選手 佐藤真海(まみ)/SANKEI EXPRESS

 ■さとう・まみ 1982年3月12日、宮城県気仙沼市生まれ。早大時代に骨肉腫を発症し、20歳のときに右足膝下を切断して義足生活に。大学3年だった2003年1月から高校時代以来の陸上競技を再開。女子走り幅跳びで04年アテネ大会から12年ロンドン大会まで3大会連続でパラリンピックに出場。昨春にマークした5メートル02センチは義足選手の日本記録。サントリーに勤務する傍ら講演などでパラリンピックの普及・啓発にも取り組む。

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