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政治
【新国立競技場】「白紙」 「世論持たない」 支持率低下も一因
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記者団に囲まれ、新国立競技場の建設計画を「白紙に戻す」と表明する安倍晋三(しんぞう)首相(中央)=2015年7月17日、首相官邸(ロイター) 「2019年ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会には間に合いませんが、お許しいただきたい」
安倍晋三首相は17日午後、首相官邸5階の執務室で、2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗(よしろう)元首相と向き合いこう頭を下げた。その表情には、大会のメーンスタジアムとなる新国立競技場の建設計画を政治決断で白紙に戻す苦悩がにじんでいた。
13年9月、アルゼンチン・ブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会。安倍首相はイラク人建築家のザハ・ハディド氏がデザインした新国立競技場の完成予想図を背に「他のどんな競技場とも似ていない真新しいスタジアムから確かな財源措置に至るまで、その確実な実行が確証されている」と胸を張った。これがいずれも財政難のトルコ・イスタンブールとスペイン・マドリードのライバルを振り切り、IOC委員の心をつかむ決め手にもなった。
屋根を支える2本の「キールアーチ」は、長さ400メートルにも及ぶ鋼鉄製で、会場付近に接合のための工場を建設することが必要だった。アーチは地中で固定して屋根を支える特殊構造で、アーチを含めた屋根部分の総工費は950億円。12年にデザインを国際公募した際には「1300億円程度」という条件をつけていた。ところが、今年6月29日に文部科学省が正式発表した総工費は2520億円まで膨らんだ。
下村博文(しもむら・はくぶん)文科相は「既存計画を進める以外ない」と強調。文科省もIOCでの首相演説などを根拠に「ザハ氏のデザインは国際公約」などと譲る気配はなかった。ただ、首相は周辺に「アーチが無駄遣いの象徴のようになっている。世論が持たないかもしれない」と懸念を口にするようになっていた。
にもかかわらず、首相がもう少し早く決断を下せなかったのには理由があった。ザハ氏のデザインを白紙撤回し、コンペから全てやり直した場合、設計段階で1年半を要する可能性が高く、五輪の開催に支障が出る懸念があった。
また、19年のプレ五輪やラグビーW杯を新国立競技場で開催するという国際公約もあった。国は都に新国立競技場の建設費として500億円の負担を求めている。首相周辺は「W杯の決勝戦を横浜市など他のスタジアムで開くとなれば東京都が態度を硬化させ、建設費の負担を渋る可能性がある」との懸念も抱いていた。
最大の問題は、五輪本番に間に合うのか、計画見直しでどこまで総工費を削減できるかということだった。
安倍首相も実際、直前まで現行計画を白紙に戻すべきかどうか、悩んでいたようだ。首相は9日夜、次世代の党の松沢成文(しげふみ)幹事長らとの会食で、計画見直しを求める松沢氏に「下村文科相は『絶対大丈夫』と言っている」と見えを切っていた。松沢氏が「見直さないと世論が持たなくなる」と指摘すると、首相は苦り切った表情を浮かべるばかりだったという。
文科省は、ハディド氏側にデザイン監修料の一部として14年度までに13億円を支払い済みで、契約解除時に違約金を支払う条項は設けていないとしている。ただ、「名誉を傷つけられたなどとして損害賠償を請求される可能性はある」と政府関係者は説明する。菅義偉官房長官は記者会見で、賠償などに「適切に対応する」と述べており、新たな無駄な支出が生じ、さらなる批判を招く懸念もあった。
首相が、こうした多くのリスクを負いながら見直しを決断した背景には、「衆院で16日に安全保障関連法案を採決し、内閣支持率が低下したことも一因となった」(自民党幹部)との見方が出ている。
17日の自民党内閣・文部科学合同部会では、出席者から「新国立競技場の問題は非常に分かりやすく、安保関連法案、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)、原子力発電所再稼働に次ぐ『第4の地雷原』になりつつある」などの指摘が続出した。
政治決断で見直しを決め、世論に配慮する姿勢を打ち出す必要がある-。自民党内からも見直しを求める声は日増しに強まる一方だった。
首相周辺はこうため息をもらした。
「もう少し遅れれば、世論から『五輪返上』の声が出る寸前だった。そうなれば、政権の屋台骨を根幹から揺るがしただろう」(SANKEI EXPRESS)