本音で、戦争と敗戦と戦後を綴った日記 戦中派「山田風太郎」の不戦・焼け跡・闇市・動乱日記 松岡正剛
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昭和22年、23年の日記。敗戦の痛哭やマッカーサーGHQに対する反発がありながら、なんとか細菌学や生理学に邁進し、ポアンカレや中谷宇吉郎の姿勢に向かおうとする努力と修正が伝わってくる。風太郎は「日本の最大の敗因は科学であり、科学的教育の不手際だった」と見ていたのである。日記後半ではミステリー作家としての準備にも入っていることがわかる。
昭和24年から2年分の日記。憤懣はやや収まっているが、そのぶん読書量が半端じゃない。風太郎日記を見ていて驚くのは、その読書量なのだ。ドストエフスキーから尾佐竹猛まで、聖書から姉崎正治まで、モーパッサンから真山青果まで、ともかく読む。一日一冊の集中型で、これを数カ月続ける。そろそろ作家としての一面も覗かせて、江戸川乱歩や高木彬光との付き合いも始まる。

