□京都大学iPS細胞研究所・高須直子医療応用推進室長
■難病患者救う原動力に
「会社、辞めませんよね」
2008年1月、京都大学教授の山中伸弥(53)から届いた短いメールが始まりだった。
人工多能性幹細胞(iPS細胞)の実用化を目指す山中を実務面で支える番頭、高須直子(53)は当時、大日本住友製薬の知的財産部マネジャー。山中は発足したばかりの京大iPS細胞研究センター(現iPS細胞研究所、京都市左京区)を率いて、体制づくりに奔走していた。知財戦略を任せられる人材を求めていた山中は、かねて仕事ぶりを評価していた高須をヘッドハンティングしようと、探りを入れたのだ。
◆開発の停滞招く独占
山中は06年にマウス、07年にはヒトのiPS細胞を作製したことを発表し、一躍注目を集めていた。体中の臓器や組織に分化できる能力を持つiPS細胞は、再生医療をはじめとして医療に革命を起こすと期待されていた。
山中は、既にノーベル賞は確実ともいわれていたが、考えていたのは別のことだった。
「一般の企業にとって特許は技術を独占するためのもの。しかし私たちにとってはiPS細胞を独占させないことが重要だ」
もしiPS細胞に関する知財が利潤を優先する企業などの手に渡れば、高額な特許料が発生して研究が停滞する恐れがあり、結果として難病に苦しむ患者を救う日が遠のくかもしれない。そうならないよう先んじて特許を押さえた上で、非営利の学術機関などには無償で使用を認めて研究開発を加速させるのが、山中の戦略だった。