安全保障面での日本の役割・拡大
(1)日本自らの防衛力の抜本的強化
第2に、安全保障面での日本が果たすべき役割についてお話ししたいと思います。
ロシアによるウクライナ侵略を目の当たりにし、世界各国の安全保障観が大きく変容しました。ドイツは、安全保障政策を転換し、防衛予算をGDP比2%に引き上げることを表明しました。ロシアの隣国であるフィンランドやスウェーデンは、伝統的な中立政策を転換し、NATO(北大西洋条約機構)加盟申請を表明しました。
私自身、「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」という強い危機感を抱いています。わが国も対露外交を転換するという決断を行い、国際社会と結束して、強力な対露制裁やウクライナ支援に取り組んでいます。平和国家である日本の総理大臣として、私には、日本国民の生命と財産を守り抜き、地域の平和秩序に貢献する責務があります。
私は対立を求めず、対話による安定した国際秩序の構築を追求します。しかし、それと同時に、ルールを守らず、他国の平和と安全を武力や威嚇によって踏みにじる者が現れる事態には備えなければなりません。
そうした事態を防ぎ、自らを守る手段として、抑止力と対処力を強化することが必要です。これは、日本自身が、新たな時代を生き抜く術を身につけ、日本が平和の旗手として発言し続ける上で不可欠です。
日本を取り巻く安全保障環境が一段と厳しさを増す中、本年末までに新たな国家安全保障戦略を策定いたします。日本の防衛力を5年以内に抜本的に強化し、その裏付けとなる防衛費の相当な増額を確保する決意です。
その際、いわゆる「反撃能力」を含め、あらゆる選択肢を排除せず、国民の命と暮らしを守るために何が必要なのか、現実的に検討してまいります。
皆さまには、日本の平和国家としての在り方は不変だということを強調させていただきます。わが国の取組は、憲法・国際法の範囲内で、日米同盟の基本的役割分担を変更しない形で進めていきます。各国にも、引き続き、透明性をもって、丁寧に説明してまいります。
(2)日米同盟、有志国との安全保障協力
いずれの国もその国の安全を一国だけで守ることはできません。だからこそ、私は、日米同盟を基軸としつつ、普遍的価値を共有する有志国との多層的な安全保障協力を進めてまいります。
先般日本を訪問されたバイデン米国大統領との会談において、防衛力に関する私の決意に対する強い支持をいただきました。日米の安全保障・防衛協力を拡大・深化させていく、この点でも一致をいたしました。
インド太平洋を超え世界の平和と安定の礎となった日米同盟の抑止力と対処力を一層強化していきます。
同時に、豪州や有志国との安全保障協力も積極的に進めていきます。
リー・シェンロン首相、貴国、シンガポールとの間で、防衛装備品・技術移転協定の締結に向けた交渉を開始することを大変うれしく思います。引き続き、ASEAN各国との間で、防衛装備品・技術移転協定の締結を進めるとともに、ニーズに応じた具体的な協力案件を実現してまいります。
円滑化協定、RAAについては、1月の豪州との協定の署名に続き、先般、英国との間で大枠合意に達しました。欧州、アジアの同志国との協定締結にむけて、関係国と緊密に連携していきます。
また、自由で開かれた海洋秩序の実現に貢献すべく、日本は、海上自衛隊の護衛艦「いずも」などを中心とした部隊を6月13日からインド太平洋方面に派遣し、東南アジアや太平洋諸国を含む地域の国々との共同訓練などを行います。
「核兵器のない世界」に向けた現実的な取組の推進
第3に、「核兵器のない世界」の実現に向けても全力で取り組んでまいりま
す。
ウクライナ危機の中で、ロシアによる核兵器の使用が現実の問題として議論されています。核兵器による惨禍を繰り返してはならない、核兵器による威嚇も使用もあってはならない。唯一の戦争被爆国の総理大臣として、このことを強く訴えます。
今回のロシアによる核兵器の脅しの問題は、それだけには止まりません。既に核不拡散体制に深刻なダメージを与えてしまったのではないか。核開発を進める国に核を放棄させることを一層困難にしたのではないか。さらには、核兵器を開発、保有しようとする動きが他の国にも広がるのではないか。さまざまな懸念が示されています。
ウクライナ危機以前から、北朝鮮は、ICBM級を含む弾道ミサイル発射を頻繁に繰り返しており、近く核実験を行うのではないかと深刻に懸念しています。
わが国の周辺で見られる、核戦力を含む軍事力の不透明な形での増強は、地域の安全保障上の強い懸念となっています。
イランの核合意順守への復帰もいまだ実現していません。
「核兵器のない世界」への道のりは、一層厳しくなっているといわざるを得ません。しかしながら、こうした厳しい現状だからこそ、私は、被爆地広島出身の総理大臣として、「核兵器のない世界」に向けて声を上げ、汗をかき、この現状を反転し、少しでも改善するべく行動をしてまいります。
わが国を取り巻く厳しい安全保障環境という「現実」を直視し、そして国の安全保障を確保しつつ、同時に、「核兵器のない世界」という「理想」に近づいていくこと、これは決して矛盾するものではありません。わが国は、「現実」と「理想」を結びつけるロードマップを示しながら、唯一の同盟国である米国との信頼関係を基礎とし、現実的な核軍縮の取組を進めてまいります。
このような取組の基礎となるのが核戦力の透明性向上です。核軍縮の不可逆性と検証可能性を下支えし、核兵器国間、そして核兵器国・非核兵器国間の信頼関係を構築するための第一歩となります。一部に不透明な形で核戦力の増強を進める動きも見られる中、全ての核兵器国に対して、核戦力の情報開示を求めてまいります。
また、米中二国間で核軍縮・軍備管理に関する対話を行うことを関係各国とともに後押ししてまいりたいと思います。
さらに、最近忘れられた感すらあるCTBT(包括的核実験禁止条約)やFMCT(核兵器用核分裂性物質生産禁止条約)、こうした議論を、今一度呼び戻すことも重要です。
国際的な核軍縮・不拡散体制の礎石であるNPT(核拡散防止条約)を維持・強化していくことが、今まで以上に求められています。核兵器国、非核兵国の双方が参加する、8月のNPT運用検討会議が意義ある成果を収めるよう全力を尽くします。
核兵器の使用がまさに現実の問題となる中、核兵器の使用がもたらす惨禍、その非人道性を改めて世界に訴えていくことも重要です。唯一の戦争被爆国である日本から、来る「核兵器の人道的影響に関する会議」を含め、あらゆる機会を捉えて、被爆の実相を世界に発信してまいります。
さらに、私が外相時代に設置した「賢人会議」の議論を発展させ、国際的な核軍縮の機運をもう一度盛り上げるべく、各国の現、あるいは元政治リーダーの関与も得ながら、「核兵器のない世界に向けた国際賢人会議」を立ち上げ、本年中を目標に、第1回会合を広島で開催をいたします。
北朝鮮については、国連安保理決議に従った北朝鮮の完全な非核化の実現に向け、日米韓で地域の安全保障、国連での議論、外交的取組などで緊密に連携をし、国際社会と協力して取り組んでまいります。
こうした取組を積み重ね、「核兵器のない世界」に向け、一歩一歩近づけるよう努力してまいります。
国連安保理改革を始めとした国連の機能強化
第4に、平和の番人たるべき国連の改革も待ったなしの課題です。
国際社会の平和と安全の維持に大きな責任を持つ安保理の常任理事国であるロシアが、国際秩序の根幹を揺るがす暴挙に出たことにより、国連は試練の時を迎えています。
国連を重視する日本の立場に変わりはありません。私自身、外相時代から、国連改革に向け積極的に取り組んでまいりました。総理就任以降も、首脳外交の機会も活用して、各国のリーダーとの間で、国連の機能強化に向けた方策について議論を重ねてまいりました。
各国の複雑な利害が絡み合う改革は簡単ではありませんが、日本は平和国家として、国連安保理改革を含む国連の機能強化に向けた議論を主導してまいります。日本が来年から安保理入りすることが決まりました。安保理の中でも汗をかいていきます。同時に、国際社会の新たな課題に対応したグローバルガバナンスの在り方についても模索してまいります。
経済安全保障など新しい分野での国際的連携
最後に、経済安全保障など新しい分野での国際的連携についてです。
未曾有のパンデミックの中、世界のサプライチェーン(供給網)の脆弱性が浮き彫りになりました。他国に自国の一方的な主張を押し付けるために不当な経済的圧力をかける。意図的に偽の情報を流布する。こうしたことも認めてはなりません。
われわれはウクライナ侵略により、一層自明かつ生活に直結する喫緊の課題として、われわれ自身の経済の強靱性を高めなければならないことを認識するようになりました。
経済が国家の安全に直結し、サイバー・セキュリティー、デジタル化などの分野の国家安全保障上の重要性が高まっていることも踏まえ、国家および国民の安全を経済面から確保する観点から、経済安全保障の取組を推進します。
日本国内ではこの課題に取り組むため、岸田内閣の下、経済安保推進法を制定いたしました。
しかし、この取組は日本だけでできるものではありません。G7(先進7カ国)といった同志国の枠組みを含め国際連携が不可欠です。
わが国とASEANは、かねてより、重層的なサプライチェーンを構築してきました。今後も、こうしたサプライチェーンの維持・強化に向け、官民が投資を行っていくことが大切です。
このため、わが国は、今後5年間で100件を超えるサプライチェーン強靱化プロジェクトを支援してまいります。
また、経済的な発展を含め、国際社会における地位が向上したならば、恩恵だけを享受するのでなく、その地位に見合った責任や義務を果たすことが重要です。経済協力や融資についても透明性を確保し、被支援国の国民の長期的な幸せにつながるものであるべきです。
われわれは、引き続き、人間の安全保障の考えに基づき、各国の主体性と各国民の利益を尊重した経済協力を進めていきます。
この困難な時代において、繁栄を実現するためには、ASEANが、インド太平洋地域が、世界の成長エンジンであり続ける必要があります。大きく困難な挑戦に直面しようともそれを乗り越える強靱な国づくりに日本は貢献していきます。
結語
皆さん、改めてわれわれの未来を思い浮かべてください。
今日、私が皆さんと共有したビジョン、ルールに基づく自由で開かれた国際秩序の構築に向け、皆で取り組む。「自由で開かれたインド太平洋」を次のステージに引き上げていく。
そうすれば、平和と繁栄を享受する未来が、希望に満ちた、お互いに信頼しあい、共感しあえる明るく輝かしい世界が必ず待っている。私は、そう信じています。
ご清聴ありがとうございました。






























