ダイキン工業の米ヒューストン工場。業務用ではダクトレス方式のエアコンの生産を開始した(同社提供)【拡大】
苦戦の原因の一つは、空調方式の違いだ。日本の家庭では、部屋ごとに室外機と室内機をセットで置く方式が主流だが、米国は建物全体に管(ダクト)を通して冷暖房の空気を送る「ダクト方式」が主流。エアコンは日本のように家電量販店で買うのではなく、住宅設備の一つとして設置されている。
日本式は大がかりな工事が不要なうえ、部屋ごとの温度調節が可能で、省エネ性も高い「世界に誇る技術」だ。それでも、浸透には時間が必要だった。
M&Aの脅威バネに、巨額買収で世界トップへ
大正13(1924)年に飛行機用部品などを生産するメーカー「大阪金属工業所」として出発したダイキン。今や国内はもとい、世界でもトップの空調機器メーカーだが、米国では2度の「撤退」の比どころではない苦い経験がある。
97年、世界最大の空調機器メーカーを傘下にもつ米ユナイテッド・テクノロジー(UTC)がダイキンの買収を示唆。業績低迷もあって、時価総額は1200億円程度にまで下がり、M&Aの脅威にさらされた。この苦い経験を機に、ダイキンはグローバル戦略を進める一方で、「時価総額重視」「フリーキャッシュフロー(純現金収支)の経営」に力点を置いてきた。