「YS-11」近代航空機の礎に 戦勝国にたたきつぶされた日本の航空産業 (2/4ページ)

2014.8.14 10:00

飛行する「YS-11」(三菱重工業提供)

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 日本の航空産業が再浮上のきっかけをつかんだのは、敗戦から7年後の52年。サンフランシスコ講和条約が発効し、航空機の製造禁止が一部解除された。

 そして、朝鮮戦争時の米軍機のオーバーホールなどで少しずつ技術を磨いていく。ただ、「空白の7年間」に生じた世界との差は、すでに埋めがたいレベルに達していた。

 世代を超え知恵結集

 転機となったのが、59年だ。国産旅客機の製造に向け、半官半民の日本航空機製造(日航製)が設立され、戦後初のプロペラ旅客機「YS-11」の開発が本格化。62年にはついに念願の初飛行を果たす。

 YS-11のチーフエンジニアは東条英機元首相の次男で、三菱重工出身の東条輝雄氏。開発陣として、零戦の設計を担当した堀越二郎氏ら「5人の侍」と呼ばれる航空技術の精鋭たちがサポートした。

「舵(かじ)の効きがグサグサ」などといった悪評が続出

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