パナソニックの子会社となり、三洋電機本社ビルから取り外される「SANYO」のロゴ=平成23年12月、大阪府守口市【拡大】
ところがこの電池が買収の足を引っ張った。両社が2次電池で高いシェアを占める米国で独占禁止法の審査が遅れ、子会社化に1年を要す結果となった。
この間、円高に加え、中国や韓国メーカーの台頭で三洋の事業競争力が低下。パナソニックは買収に8千億円を投じたが、三洋の企業価値低下に伴う損失だけで約5千億円の損失を出したとされる。
結果、両社が重複する冷蔵庫や洗濯機などの白物家電やデジカメなどの事業は海外企業などに相次いで売却された。残った事業でも三洋出身者は“冷遇”され、優秀な人材の多くが三洋を去ったといわれる。
現在のパナソニックでは取締役はおろか、事業部長レベルでも三洋出身者はほとんどいない。パナソニックが三洋同様に子会社化した旧パナソニック電工の組織や事業がほぼそのまま残されているのとは対照的な状況となっている。
技術の残滓随所に
パナソニックは「急ぐ必要はない」(幹部)と当面、三洋の法人格を残す方向だが、創業の地にある本社ビルはすでに人影は少ない。