決算発表後、報道陣からパナソニックによる買収について質問されるが、答えを避ける当時の三洋電機の佐野精一郎社長(左)=平成20年11月5日、大阪市北区【拡大】
この時点ではパナソニックは三洋の上場維持の方針を認めており、当面は社名やブランドを残し、社員の雇用維持にも配慮するとみられていた。三洋労組の関係者も「金融機関に株を握られ続けて先の見通しが立たずに不安が続くより、収益や利益のためにがんばるのは前向きだ」と、業績次第で三洋のブランドも残る可能性があると期待が持たれていた。
ただ、希望は長く続かなかった。三洋は強みだったリチウムイオンなどの充電池が円高に加え、中国や韓国勢の台頭で事業採算が悪化していった。パナソニックは買収に8千億円を投じたにもかかわらず、三洋の企業価値低下に伴う損失だけで5千億円にのぼったといわれる。自然とグループ内で三洋をみる目は厳しくなり、社名やブランドを守るどころではなくなり、事業売却や人員削減が加速した。
そして来年4月で三洋の社員はいなくなる。
それでも、かつて2次電池やカーナビ、洗濯機、デジカメ、コメを使う家庭用パン焼き器などヒット商品を世に送り出した三洋の事業や技術の多くは、パナソニックや売却先で存在感を示している。グループを去った元三洋社員も多くがすでに事業の売却先や再就職先で活躍しているのがせめてもの救いかもしれない。