家業をアウトドア用品大手に変えた2代目社長 スノーピーク山井氏、起死回生の一手となったのは? (9/9ページ)

2015.2.24 10:56

山井太・スノーピーク社長(中央)と、村田育生・村田作戦社長(後列左)、大栗芙実子・OKURICOMPANY社長(同右)=新潟県三条市

山井太・スノーピーク社長(中央)と、村田育生・村田作戦社長(後列左)、大栗芙実子・OKURICOMPANY社長(同右)=新潟県三条市【拡大】

  • 対談に応じる山井太・スノーピーク社長。手前は大栗芙美子OKURICOMPANY社長

 山井社長 本当のビジネスは、消費者に「本当の価値」を提供することです。ある会社がオリジナルの価値ある製品を作ったら、同業他社はそれをまねしておこぼれをもらう、ということを目指すのではなく、違うコンセプトの価値を提供すべきです。消費者や社会のために仕事をする以上、本当に、消費者や社会のためになるには、企業はオリジナルであれ、ということだと考えています。

 【対談終了後の村田氏の見方】 山井社長は先代が1958年に創業した金物問屋を、世界的に有名なアウトドア用品会社に事業転換させた。引き継いだときは限られた経営資源しかなかったが、燕三条という金属加工技術の集積地特性を生かして、トップブランド製品を生み出している。持たなくてもアイデア、感性と信念で作り出した好事例。常に妥協せず、進化も忘れないアウトドア用品のアップルだ。

       ◇

 山井 太氏(やまい・とおる)プロフィル 明治大商学部卒。外資系商社勤務を経て86年、父親が創業した登山用品の製造、販売のヤマコウに入社。オートキャンプ用品の開発に着手し、アウトドアブランドとしてのちいを確立。96年の社長就任と同時に社名をスノーピークに変更。熱烈なアウトドア愛好家で毎年30泊から60泊をキャンプで過ごす。新潟県三条市出身。55歳。

 村田 育生氏(むらた・いくお)プロフィル 村田作戦代表取締役。カナダ、ビショップス大卒業。日本LCA、ベンチャー・リンク、リンク・インベストメントなどを経て、ガリバーインターナショナルでは副社長としてハイスピードの成長に尽力。2009年に退任し現職。ネクステージ監査役、スノーピーク取締役、システムロケーション顧問、プレミアファイナンス顧問も務める。56歳。静岡県出身。

 大栗 芙実子氏(おおくり・ふみこ)プロフィル OKURICOMPANY代表取締役、ヒューマネイションズ代表取締役。東京音大卒。音楽・演出事業で独立し、現在は企業や商品・サービスの魅力を引き出して付加価値を高めるブランド力底上げの戦略構築からアウトプットまでをトータルでデザインするコンサルタント事業を手掛ける。2011年から現職。33歳。東京都出身。

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