ソフトバンクの決算会見で孫正義社長(左)から後継者候補に指名されたニケシュ・アローラ氏=5月11日、東京都中央区【拡大】
本家の米ヤフーがマイクロソフトの検索エンジンの採用を決めたのに対し、日本のヤフーは米ヤフーとライバル関係にあったグーグル製の採用を決断し、孫氏自らが乗り込んだ。当時、アローラ氏は「そんなことができるのか」と孫氏に問いただし、即座に採用を決めた孫氏の手腕に驚いたとされる。孫氏は後に「交渉相手としては手ごわいし、相当な人物だ」と語り、アローラ氏への評価は高まる一方だった。
孫氏はスプリント買収後、米国に事業拠点を設け、アローラ氏とも頻繁に会うようになった。当初から後継者候補と考えていたかは不明だが、孫氏がソフトバンクに引き抜こうと考えたのもその頃らしい。アローラ氏は当然ながら、当初は孫氏のラブコールを断っていた。
しかし、孫氏が電話攻勢で相手を口説き落とすことは有名だ。イー・アクセスの千本倖生社長がKDDIへの自社売却を検討していた当時、孫氏は千本氏に「うちとやりましょう。リストラはしません」と電話攻勢をかけ、資産査定(デューデリジェンス)もそこそこに、即断即決で買収交渉をまとめた。
インターネット商用サービスの先駆け企業が経営難に陥った際にも、社長に「一緒にやりましょう」と1日に何十回も電話して、相手を「ストーカーみたいだった」と辟易(へきえき)とさせたという逸話も残る。日本のヤフー前社長、井上雅博氏は同社会長の孫氏からの電話攻勢に嫌気がさし、携帯電話をバッグに入れたままだったという。