ゴーン社長「混乱はない。日産は日産、三菱自は三菱自のまま。あくまで日産は株主として支援する。2社の責任範囲は線引きしていく。三菱自の経営者に責任持ってやってもらいたい。過去にも混乱はないし、今後もそうだ」
--提携協議はいつから始まり、どちらが持ちかけたのか
益子会長「11(平成23)年に軽自動車をどうするかというとき、3つ選択があった。規模からいって単独開発は難しい。撤退か、OEM(相手先ブランドによる供給)でもらうか、パートナーがいれば開発を続けるのか。そこで日産と共同で軽自動車については三菱自が開発、生産することが決まった。11年が非常に大きなきっかけになった」
「その後、ほかの協業も可能性あるかというので、いろんなアイテムで検討してきた。タイ工場で日産のピックアップを一時生産したこともある。いろいろ関係を考える中で自然といつかは資本提携は考えられるんだろうなと、ゴーンさんと話してきて、自然な流れの中で今日を迎えている。燃費(データ不正)問題で早まったが、突然起きたのではなく、自然の中で提携が決まった」
《多少意地悪な質問を投げる。ゴーン社長は少し語気を荒げて否定した》