一般に「イタリアはデザインの国」と言われる。2つの流れがあり、一つはトリノを中心としたカロッツェリアが手掛けるカーデザイン。もう一つがミラノ近郊に発展した日常生活空間にある雑貨や家具を対象にしたデザインだ。いうまでもなくテクスタイルやファッションもミラノがメッカだが、過去、イタリアデザイン史を語る際のメインのジャンルとは少し距離があった。
しかし、今では世界的にカテゴリーを問わずにデザインがトータルに言及されるようになっている。食さえもそのなかに入る。そこでライフスタイルが訪れる人の目に見えやすく、経済的にも大きな位置を占めているイタリアのデザインが「ただ恰好だけじゃないんだね。深く生活に根差したものなんだ」と外の人からも再評価をうけるようになっている。
この全体への潮流のなかで、デザインに携わる人たちの思考や仕事のやり方をもっと事業企画や大きな社会の仕組みに応用していこうとの動きがある。このタイプの話をするとき、冒頭のASEANのデザイン戦略担当が語るように、北欧や英国などの広い意味でのデザインが引用されやすい。
実は、イタリアにおいても例外ではない。社会起業家やIT関係者の集まりに参加すると、国境を越えて同じような語彙が使われている現実を目にする。しかもデザイナーも「我々の仕事に境界はない。多くの分野の経験やネットワークが新しいアイデアを作る」とアピールする。
ここに「デザインの位置」を勘違いする人が出てくる原因がある。