「歌よみ人正岡子規」【拡大】
■実像を活写する知識と資料
正岡子規について語り、論じた本はおびただしい。子規の業績が多方面に及んでいると同時に、その人物の魅力が人びとを引きつけるからであろう。語り尽くされているかに見えるそんな子規に新しい光をあてて読者を堪能させるのが本書『歌よみ人 正岡子規』である。著者の復本一郎氏は神奈川大学名誉教授で、近世・近代の俳文学研究者として著名である。また、鬼ヶ城の俳号をもつ俳人でもある。子規についても『子規とその時代』『余は、交際を好む者なり』他の著書がある。
復本氏は読者へのメッセージとして、子規の実像を「子規の生きた時代、そして子規を取り巻く古今の歌人群像とのかかわりの中で鮮明にするように努めてみました」と言っている。そのことは実は言うは易く行うのは難いのだが、本書は該博な知識と膨大な資料で子規の生き生きとした実像を私たちに楽しませてくれる。思わず楽しませてくれると記した。読み始めたらやめられない面白さなのである。謎解きのような面白さ。子規のまわりの人びとの原資料が多く引かれているが、わかりやすい説明があり、この原資料にふれる喜びを読者は味わえる。
子規と与謝野鉄幹のお互いのライバル視の関係は、本書の読みどころのひとつであろう。子規の「歌よみに与ふる書」が鉄幹の「亡国の音」を意識して書かれていることを指摘し、子規の「鉄幹子規不可並称の説」の真意を述べる。鉄幹の方も子規を強く意識していたことを具体的な資料で明らかにする。子規の「死後まで続いていたこのライバル心に、幾分か凄涼なるものを感じる」と。
他にも興味深いことが記されている。例えば、徒歩が困難な子規が利用した人力車の車夫の「爺」についての貴重なエピソードなどである。
サブタイトルの「病ひに死なじ歌に死ぬとも」は子規自身の言葉である。重い病気を患いながらの短歌革新に文字どおり命をかけた子規に対する復本氏の愛情がさわやかに伝わる一冊である。子規の若き日の「片思ひ」にも優しくふれている。(岩波現代全書・本体2300円+税)
評・伊藤一彦(歌人)